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サスペンデッズ「2010億光年」@東京芸術劇場

2010.05.31(01:09)

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「ここに降りたつと池袋の西口にいるような気分になれる!」ともっぱら噂の池袋西口で待ちあわせをして、ぺん子さんとお昼ごはんを食べた。「なんだかパスタばっかり食べてますね」と言うけれどパスタと名前のつく食物はすべておしゃれだと思っているにんげんなのでしかたがないことだった。寒い日だった。「家をでるまえって寒いとかあったかいとかわからなくないですか」と言われたのでおおいにうなずいた。だいたい、家をでて自転車に乗ったあたりで、「あ、今日は寒い。これじゃ寒い」と気づく。わたしが寒い。いつも遅い。雨が降っていないように見えないのにあいあいがさをしているひとがたくさんいた。こわい。
 東京芸術劇場でサスペンデッズ「2010億光年」を見た。盲目の女の子がよかった。あとは「唐揚げをあげてくれ」がみょうにつぼでくつくつ笑った。そして、へたくそな芝居とじょうずな芝居のちがいがうまくでていたので、それを見ることができたのでよかった。
 今村さんから複数回着信があって、「なんだ、いままでおごってもらったぶんをついにとりたてにきたか!?」と思ってあわててかけなおしたら、「遅いよ! ぜんぜん緊急のことじゃないよ!」と言われたのでびっくりした。
 東口に抜けるところで猫カフェ(カフェではない。猫カフェ的なもの)の広告を発見したぺん子さんに「行きます?」と言われた。「猫が好きなような気がしないでもないひと」を常々自認しているわたしとしてはそれはもちろん行かなければならないけれど、猫カフェ(的なもの)の敷居は天国よりもなお高いと思っているわたしは、もしかしてここに行ったら心臓に重要な障害がでるくらいのダメージを負うんじゃないのかと心配だったけれど、なんとか生きのびたので、わたしは強いひとだった。猫は寝ていた。ぐうすか寝ていた。猫が自分の前足を舐めているのを見て「猫、自分の足食べてる!」とびっくりした。一生懸命なでたけれど余裕でしかとされた。猫め。椅子に座っていたら猫がジャンプして飛びかかってきたので「殺される!」と思った。猫め。ぺん子さんが係のひとが猫に餌をやっているのを見て「またたび?」と言っていたので、「またたびはたぶん食べるものじゃないよ…」と教えてあげた。でもわたしは猫とまたたびにかんしてなにひとつわからないので、まちがっているかもしれない。
 わたしが見たい映画まで時間があったので、ベローチェで時間をつぶした。ベローチェでコーヒーのLサイズを頼むととんでもないことになると一度体験してわかっているはずだったけれど、Lサイズの誘惑に負けて頼んだらやっぱりとんでもないものだったので、わたしはとんでもないことになっていた。「おもしろいRPGってないですかね?」と訊かれて「シャドウハーツ」と答えた。やってた(でも「1」をやらずに「2」をやっちゃだめだよ「シャドウハーツ」は!)。でも彼女の言う「リングの精」なるものを見た記憶がまったくないので、もしかしたらわたしと彼女はぜんぜんべつのゲームをやっているのかもしれない。
 それから駅でわかれて、わたしは新宿武蔵野館でジョニー・トー「冷たい雨に撃て、約束の弾丸を」を見た。泣いた。月光に照らされた海辺でコステロが一心に祈りを捧げるシーンで泣いた、ぜ。わたしはこんなかっこういい4人を生まれてはじめて見た。ブラット・ピットを400人そろえたよりもかっこういいと思った。このかっこういい4人をずっと見ていたいと思った。樹木にかこまれたキャンプ場での撃ちあいは「FF7 AC」の戦闘シーンの奇跡の迫力に似ているし、真四角にプレスされた紙くずを盾にしての撃ちあいはタルコフスキーの美しさに似ている。たぶん、タルコフスキーがSFではなくてハードボイルドな映画を撮ったら(一部)こうなるだろうと思った。
 たいていの映画では銃は意匠的にしか使われていなくて、わたしはじつははんぶん以上それでいいじゃないかと思っているけれど、この映画を見ていると「銃ってこわい!」と思う。まず音がこわいし、この映画を見ていると「銃で撃たれたら死ぬんだ!」ということがほんとうによくわかって、こわい。銃がでてくるたいていの映画はもう銃で撃たれたら死ぬということすら教えてくれないので、こういう映画を見ると、びっくりする。銃社会! あと、この映画の最大のポイントはだれがいつ死ぬかほんとうにわからないところだと思う。映画のなかでだれかがいまにも死ぬように思うことにどきどきする、ということは、その映画のなかでひとがちゃんと生きているということだ。そしてその映画のなかのひとをちゃんとわたしが愛しているということだ。




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