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彼は蜂で、世界は花だった。

2010.06.17(23:00)

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 彼は蜂で、世界は花だった。
       ――ジャック・ケッチャム/ロード・キル


 
 家に帰っても、料理をするか、勉強をするか、文章を書くか、本を読むかぐらいしかすることがないので、料理をして勉強をして文章を書いて本を読んで1日が終わる。さっき、わたしちょっとストイックすぎるんじゃないかと思った。
 というわけで、入間人間「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」を読んでいて、これは西尾維新をすこしつまらなくしたような感じでおもしろい。ライトノベルはちょっと読むたびに絶望していて、「ライトノベルは西尾維新と秋山瑞人を生みだすためにあった!」とほんとうに思っていた気がするけれど、これはおもしろいと思う。
 でも、文章が多いなと思う。


 御園さんは交差点を右に進んで、新興住宅街の中心部へ向かう。そのアパート、マンションといった貸家が並ぶ地区に、一人暮らしの女子の住処はある。水色という微妙な彩色の壁のマンションに、御園さんは林檎を落下させながら吸い付いていく。


「一人暮らしの女子の住処」というのは「描写」ではなく「説明」だと思う。「水色という微妙な彩色の壁」という、なんでもない描写にまで「微妙な」という作者、あるいは一人称僕という意見がはいりこんでいる文章はどういうことだろうと考える。それは、彼の文章に一人称僕が極端に排除されているということとは関係ないと思う。よくはわからないけれど、彼は「水色の壁」を愛してはいないように見える。そして、「微妙な」と表現しているほどに「水色の壁」をきらってすらないように見える。それはおそらくわたしも同じだろう。わたしはマンションの壁の色なんかいつだってどうでもよかった。わたしは毎日わたしが通う会社や毎日わたしが帰る家がいったい何色なのか、ほんとうにわからない。「微妙な」と書けてしまうのは、おそらく彼が「水色の壁」に興味がないからだと思う。けれど、だからこそわたしはそうは書きたくないと思った。わたしは「水色の壁」を愛したかった。愛せなくてもいいから、愛したかった。だから油断したくなかった。世界を愛せますように、世界を愛せますように、世界を愛せないことを周到に隠すようなやりかたで、文章をつむぎたかった。すべての文章には敗北がこびりついていて、とれない。

 気になる映画たちについて、わたしのためのめも。

7月24日~ アテネ・フランセ「ジガ・ヴェルトフ特集」
6月23日~ 新文芸坐「神代辰巳特集」
6月19日~ シネマヴェーラ「足立正生特集」
7月3日~  ポレポレ東中野「大野一雄 ひとりごとのように Butoh Dancer Kazuo Ohno」(!)



 勅使川原三郎はもう60近いのにあんなに踊れてすごいな、と思うけれど、大野一雄は100歳をこえても「踊りたい」と言いながら、立つことができなくなってからも踊りつづけた。もうなんなんだろうとときどき思う。

 わたしのパソコンの音楽プレイヤーにはFISHMANS「LONG SEASON」の次にGlobal Communication「76:14」がはいっているんだけれど、いつも、いつFISHMANSからGlobal Communicationに変わったのかわからない。




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