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花のような傷をもって

2010.08.02(01:31)

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 金曜日は、いっこうえの先輩なひとたちと、同期全体の飲み会だった。1次会を影のようにすごして犬のようにすごすごと帰るつもりだったけれど、2次会にでるはずだったSSくんが帰るというので、そのかわりにわたしが行った。SSくんはやさしいなあと思った。わたしはつめたいなあと思った。飲み会でのふるまいを鑑みて、わたしよくセクハラで逮捕されなかったなと思った。今度からはあらゆる男の子とあらゆる女の子に話しかけれてもきっとすべて無反応で大仏のように黙りこくっているひとになろうと思った。

 土曜日は森山さんが主催しているPure Pop For Now Peopleというなんだかよくわからないけれどなうなひとびとが参加するであろうぴゅあでぽっぷなイベントに行ってきた。森山さんがまたちんぴらみたいなかっこうをしておみやげを配っていた。噂によるとはでなかっこうをするようにしているそうで、ジョー長岡さんにもそれを強要していた。見習うべきかしらんと思った。ジョー長岡さんがつまりライブをしていた。アコースティックだと思われるギターがぽろろんしていて、それはきれいだった。はじめてきちんとお話できたひとに「生活破綻者だと思ってました」と言われて、反省した。「なに俺会社になじんでんだろう」、「なに俺資格試験のために必死こいて勉強してんだろう」と思って本気で反省した。今度からはあらゆる男の子とあらゆる女の子に話しかけられても「きしゃー!」しか言わない立派な生活破綻者になろうと思った。あと「ブログはほとんどうそです」とか言ったような気がしますけれどそれがほとんどうそです。うそをつくようなやりかたじゃないと、もうほんとうのことなんて言えない。というよりも、わたしは自分がほんとうのことを言っているのかうそを言っているのかもうずっと以前からわからないままだ。

 日曜日は朝からだらだらして、夕方、新宿のK'Sシネマまで船で行って、ジャ・ジャンクー「世界」を見た。これは今年見た映画のなかでいちばんすばらしかった映画なのだけれど、見るのはなにせ2回めなので、今日見たことはなかったことにしたい。橋本治がどこかで麻原彰晃のことをとりあげて、「麻原彰晃は教団のひとたちに安い牛丼を大量におごって得意がっている。麻原彰晃はお金を持っていて、金持ちだけれど、金持ちのふるまいかた、お金の使いかたを知ってはいない」というようなことを言っていた。北京の世界公園はたやすくそれを思わせてしまう。チェン・タイシェンらが公園を案内しながら「あれがビッグベンだ。いいだろう?」といちいち言うあのしみったれた感覚はなんだろう。わたしたちにはすくなくとも自分の職場を誇りにし、それを他者に強要しようとするほどの「豊かさ」はないと思う。世界公園を訪れているひとびとのふるまいから受ける低俗さはどうだろう。それは、たぶん、太宰治が戦後に激しく攻撃しようとした「もの」に類似したなにかで、それとはまったく別種のなにかで、けれど、すくなくともわたしはもう攻撃する手段は持っていない。だからわたしたちはそれを隠すしかないんだろうと思う。パリ、トーキョーをたやすくあしらいながら、この映画のなかでロシアのウランバートルだけが北京に唯一よりそうように描かれているのが象徴的だと思う。世界公園のセンスのなさを笑うことはかんたんだと思う。でもパリにセンスはあるのか。世界公園の醜さ(それはたとえば公園の見張り役みたいな仕事をしているタイシェンらが制服姿のまま一般客と同じところで堂々と食事をしている姿に見てとれる。すくなくとも日本ではああいうことはさせないと思う)を笑うことはかんたんだと思う。けれど、たとえば「世界公園の醜さを笑うこと」と「パリの美しさを笑えないこと」は同じ問題ではないんだろうか。パリの美しさを笑えないにんげんがどこかへ行けるんだろうか。チャオ・タオはモンゴルに行く元恋人からパスポートを見せてもらうけれど、たったひとこと、「よくわからないわ」と言って苦笑いをしてしまう。こんなに悲痛な台詞はない。こんなに美しい映画も、ない。
 新宿武蔵野館でハル・アシュビー「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」を見た。まさかの立ち見で、立ち見なんて「もののけ姫」以来で、いまどき立ち見なんてあるのか!と衝撃を受けたけれど、立ち見になってしまったのなら立ち見でしかたなく、見た。さいこうにおもしろかったので、立ち見だろうとなんだろうととにかく見ておくべきだと思った。冒頭のシーンだけで「たぶん傑作だな」と思ったけれど、ちゃんと傑作だったので、よかった。お見合い中に服から鉈をぬっととりだしていきなり自分の左手首を切りおとしちゃうハロルドくんがかわいくてしかたがなかった。あとは音楽にかんしてなにか思ったけれど、なんだったかわすれた。

   ◇◇◇

 今年はやたらポルトガルポルトガルとみんな言っているような気がするけれど、ともかく、9月17日からフィルムセンターでポルトガル映画祭です。目次を見ていてびっくりした。たとえばオリヴェイラの「神曲」は「『精神を病める人々の家』の表札が掲げられた邸宅で、アダムとイブ、キリスト、ラスコーリニコフ、ニーチェのアンチ・キリストら歴史的文学作品の登場人物たちが、信仰と理性と愛についての議論を戦わせる」とか書いてあってそれだけでもうつっこみどころ満載なので見にいきたいです。最低でも「カニバイシュ」と「神曲」は行きたい。
 太宰治の最高傑作「きりぎりす」(新潮文庫)所収の「水仙」の冒頭はこうなっている。


「忠直卿行状記」という小説を読んだのは、僕が十三か、四のときの事で、それっきり再読の機会を得なかったが、あの一篇の筋書だけは、二十年後のいまもなお、忘れずに記憶している。奇妙にかなしい物語であった。
 剣術の上手な若い殿様が、家来たちと試合をして、片っ端から打ち破って、大いに得意で庭園を散歩していたら、いやな囁きが庭の暗闇の奥から聞えた。
「殿様もこのごろは、なかなかの御上達だ、負けてあげるほうも楽になった。」
「あははは。」
 家来たちの無用心な私語である。
 それを聞いてから、殿様の行状は一変した。真実を見たくて、狂った。家来たちに真剣勝負を挑んだ。けれども家来たちは、真剣勝負に於いてさえも、本気に戦ってくれなかった。あっけなく殿様が勝って、家来たちは死んでゆく。殿様は、狂いまわった。すでに、おそるべき暴君である。ついには家を断絶せられ、その身も監禁せられる。
(中略)
 けれども、このごろ、気味の悪い疑念が、ふいと起って、誇張ではなく、夜も眠られるくらいに不安になった。その殿様は、本当に剣術の素晴らしい名人だったのではあるまいか。家来たちもわざと負けていたのではなくて、本当に殿様の腕前には、かなわなかったのではあるまいか。
(中略)
 あの庭園の私語も、家来たちのひねこびた自尊心を満足させるための、きたない負け惜しみに過ぎなかったのではあるまいか。とすると、慄然とするのだ。殿様は、真実を掴みながら、真実を追い求めて狂ったのだ。


 ゴダール「アワーミュージック」という映画で、劇場を占拠したテロリストはかばんのなかから本をとりだそうとして、射殺された。かばんのなかになにがはいっていいようと関係なく、彼女は「もの」ではなく「行為」によって死んだ。こう言いかえてよければ、彼女は「現実にいまあるもの」ではなく「これから起こりえること」によって殺された。箱にはいっていたのがシュレディンガーの猫ではなく殺人鬼だったら、あるいはわたしたちは箱を開くまえにその箱ごと破壊するかもしれない。カフカの掟の門に旅人がはいっていけたとしたら、旅人はどう思うだろう。旅人に絶望をあたえたのが、その門がその旅人専用の門ではなかったとして、旅人はすこしでも救われるのか。「他者」とは「可能性」が具現化されたものにすぎない。希望は自分のなかから生まれもするかもしれないけれど、絶望を体現してやってくるのは他人ばかりだ。他人に託すから真実が消えうせていく。他人は可能性にすぎないんだから、他人になにかを預けた瞬間に、それは消えうせる。「ハロルドとモード」のなかでハロルドくんはモードに指輪(?)を贈り、モードはそれをすぐに海に投げすててしまう。「これで永遠になくならないわ」。指輪が消えたのはハロルドくんが他者にそれを託したからだ。「贈る」ということは「可能性を振動させる」ということだ。その結果がどうなるのかわたしにはわからないけれど、わたしはいつも贈ってばかりだ。ばかみたいだと思う。それでも、わたしは他人が好きだと思う。わたしがわたしであるがゆえにわたしに可能性がないのなら、それはもういらないよと思う。切られてくもないな。切りたくもないんだな。わたしはわたしが好きなひとに冷徹でいたいと思うよ。冷徹でいながら愛したいと思うよ。「なんでもない・くだらない」というものごとのなかでだけ強度を保ちたいと思うよ。それだけなのにな。それだけなのに、切ったり、切られたり。それは殿様ばんざいだよね。殿様ばんざい!

     花のような傷をもってこの世に生まれてきた。
                      ――フランツ・カフカ/田舎医者





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