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け、つ、こん、した?

2010.08.23(01:19)

家畜小屋 (1959年)家畜小屋 (1959年)
(1959)
池田 得太郎

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饗宴 (新潮文庫 (フ-8-2))饗宴 (新潮文庫 (フ-8-2))
(1968/08)
プラトーン

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 木曜日は、会社が終わったあと会社でCKさんに基本情報の問題を教えていた。彼女は会社にはいるまでプログラミング未経験で、でも、会社の研修でなぜかわたしよりも早く進んでいたりするから、「教えることなぞなにもないよ」と思った。でもがんばって教えた。COBOLを教えた。わたしはCかJAVAで受けていたのでCOBOLの問題は解いたことがなくて、いっしょに解きながら教えた。途中までふつうに教えていたけれど、途中からよくわからなくなって、わたしがぼんやりしていると、彼女は「あ、こういうことか! わかった!」と言ってなんだか知らないけどわかっていた。「終わった…」と思った。わたしはもう基本情報は持っているのでわからなくてもいいやと思った。

 金曜日も、会社が終わってから、CKさんと木曜日の続きをドトールでやった。今回はCOBOLではなくアルゴリズムだし、わたしも一度解いたことがある問題で、しめしめと思った。1時間半ぐらい勉強をして、1時間半ぐらいしゃべっていた。「桜井さんは、しゃべりやすい!」と言ってくれた。それはちがうよと思った。もしもわたしがわたしじゃなかったとしたら、わたしはわたしとしゃべりたいなんてたぶんぜんぜんちっとも思わないから。SSくんにも木曜日にも同じようなことを言われた。わたしとしゃべっているときのCKさんやAIさんはほんとうにたのしそうだと。けれどそれはちがうと思う。わたしはSSくんとしゃべっているときのCKさんとAIさんもたのしそうにしていると思う。だから、かりにわたしとしゃべっていてだれかがまちがってたのしいと思ってしまうなら、ほんとうにたのしくしゃべることができるのはわたしじゃなくってそのだれかのほうだとわたしはしんから思う。それはそのひとのちからで、わたしのちからじゃない。SSくんにしたってそうだと思う。わたしはずっとSSくんのほうがたのしくしゃべることができると思う。わたしは、わたしがだれかとふたりでいるとき、どうしてこのひとは俺といてくれるんだろうとよく思う。でもそういうことはいつも言わない。彼らも彼女らもたぶん信じてくれない、わたしの否定が彼ら彼女らに受けいれられないのと同じように、なにもかもがうそになっちゃうと思うから。わたしはほんとうにつめたいと思うよ。ほんとうに。

   ◇◇◇

 池田得太郎の「家畜小屋」を読んでいる。彼の文章には憧れる。にんげんを豚のように、豚をにんげんのように描く。それはたぶん、にんげんをにんげんのように描いていることだと思う。でも、そのことはどうでもいい。会話がとにかくすごい。主人公と妻との会話をはじめから順に書きうつしてみる。


「この碌でなしの、豚殺し!」
「この碌でなしの、豚殺し!」
「俺はもう、豚殺しではなくなったんだ」
「給料はへらされるし、仲間には馬鹿にされるし、死にそこないの羊にだって甘くみられる。ああ、糞にまみれた俺!」
「糞掃除いがいに何かあんたにできる仕事があるのかい? 豚の頭をたたくこともろくにできないあんたに?」
「貴様など豚にも劣るくせに! その臭い尻、たるんだ面の皮はどうだ? 豚のほうがよほど美しくて清潔じゃないか! 貴様なんか豚にもなれまい。口惜しかったら豚になってみろ!」
「いいわ。りっぱな豚になってみましょうよ」
「ちっ! 豚め!」
「見事に豚になりおおせたもんだな」
「おい! 口をきいてもいいよ」
「お前みたいな不潔な豚に家を荒らされてたまるか!」
「豚の餌を盗むとは、豚より下劣なことだ! ああ、あさましい動物め!」
「豚め! 豚め!」
「豚め! 豚め!」
「貴様は、豚を、つれ、こんでまで、餌を盗みたいのか?」
「け、つ、こん、した? ブ、豚と、動物と結婚したと言うのか?」

 
 く、くだらなすぎる…。

   ◇◇◇

 プラトン「饗宴」もやっぱりなかなかすごいと思う。とくにソクラテスさんの変態っぷりがすごくておもしろいと思う(文中の「この人」がソクラテスのことだよ!)。


 こういうことがあった。ある考えごとに耽ったこの人は、早朝から一つ所に立ったまま、何か思案をめぐらせていた。そして、その考えごとが、うまくはかどらなかったとき、なおもそれを投げ出さすに、探求をつづけたまま、立っていた。時刻はすでに昼になった。人びとも彼の姿に気がついた。そして、不思議な気持で、口々に、ソークラテースは朝から、何かを考えながら立っている、と、語り合った。とうとう、イオーニアから来ていた者たちのうち、ある二、三の者が、夕方になって夕食もすましたあと、おりから夏のこととて、寝具を戸外に運び出し、涼しい大気の中で寝ながら、同時に、彼がひと晩じゅう立っているかどうかを見張ることにした。この人は、立っていました――翌朝がやってきて、太陽が昇るまで。それから、彼は、朝の陽に祈りを捧げて立ち去ったのでした。



 ね、寝ようよ! というかソクラテスさん、街のひとに陰で「なんだあのひと(笑)」ってぜったい言われてるよ! ソクラテスさん!

   ◇◇◇

 TSさんの家でカレーパーティをやった。SSくんと「カレーパーティってなんだろうね?」って話しあっていたおり、SSくんは「きっとおのおののカレーを持っていて食べくらべをするんだよ!」と言って、わたしは「え! そんなこわいパーティなら俺行かないよ!」と言った。そんなこわいパーティじゃなかった。駅で待ちあわせをしたら、MっつんとMっつんの友達がいた。Mっつんはわたしが来ることを知らなかった。わたしは知っていた。CMさんが来たので、「今日はだれが来るの?」と訊いたら知らなかった。わたしたちのだれもがいったいだれが来るのか知らなかった。TSさんの家にはカレーがあった。カレーを食べた。お肉がはいっていたのでびっくりした。おいしかった。とりあえずカレーを食べてカレーパーティ的な使命ははたしたので、麻雀をやった。素人麻雀をやった。だれも点数の数えかたを知らないので、配給制だった。リーチで1本、ドラで1本とか、そういう感じで点棒をひたすらもらっていた。わたしは麻雀ができない。Mっつんの友達が誕生日で、わたしはそれを知らなかったのだけれど、TSさんやSOさんやSSさんはサプライズでケーキを用意していた。わたしはろうそくに火をつけるためだけにキッチンに呼ばれ(ライター持っているのわたしだけだから)、なぜかわたしが持っていくことになった。「なにもおもしろいこと言わないよ!」と言った。わたしは無言ではいって、無言でケーキを置いた。「ほら! 見ろよこの空気!」と思った。ろうそくが1本しかなかったから1歳だねって言った。1歳ならいいなって思った。ずっとトランプをして遊んだ。大貧民をやって、ダウトをやって、七並べをやって、神経衰弱をして、うすのろをやった。あやうくうすのろになるところだった。あぶなかった。高校生みたいだった。高校生みたいだった。ラーメンを食べて帰った。
 飯田橋ギンレイホールでシェーン・アッカー「9 ~9番目の奇妙な人形~」を見た。フライヤみたいなかっこうをした7が好きだった。二ール・ブロムカンプ「第9地区」を見た。最初のほうはぐろくてちょっと見ていられなかったけれど、最後のほうはちょっと泣けた。エイリアンがキャットフード大好きとかふざけまくった設定がいいと思う。

   ◇◇◇

「NECK」の映画版、いつ見にいこうかな…。




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