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クリストフ・マルターラー「巨大なるブッツバッハ村―ある永続のコロニー」@東京芸術劇場

2010.11.21(01:00)

 11月19日(金)

 木曜日に8時まで残業して、今日は5時に帰って、日仏学院まで、「白と黒の恋人たち」という世界でいちばんかっこういいカップル(見た目比)を撮ってしまったフィリップ・ガレルのむかしの映画を見ようと思ったけれど、気配がなくて、おねえさんに「きょ、きょう映画は?」と訊いたら「今日はやっていません」とざんねんそうな顔で言われたのでわたしはすごくざんねんだった。
 ものすごくやりきれないので、ギンレイホールまでいって、まったく見たくもないスコット・クーパー「クレイジー・ハート」を見た。ふつうにおもしろかったのでくやしかった。ジェフ・ブリッジスがあまりにかっこうよすぎてめろめろだった。
 絲山秋子の「ニート」を読んで、これもすばらしかったけれども、柴崎友香「ショートカット」を続けて読んで、たぶん柴崎友香はいま世界でいちばんすばらしい作家にちがいないと思った。たとえば、柴崎友香はこの世界で唯一飲み会というものをほんとうに美しく描ける作家で、そして、道を歩いて会話を交わしているふたり、それは男女でも女の子同士でもいいけれど、それをもっとも美しく描ける作家だと思う。そんなふうに描けるひとはわたしの知るかぎりほかにだれもいない。ほんとうにだれも。それに、彼女は文章はほんとうに異常だと思う。

 いつもと時間は同じバスだけれど、土曜日なので空いていて座れた。

 彼女は文章を基本的にゆっくりとていねいに描いているはずだけれど、たまに加速する部分がある。「土曜日なので空いていて座れた。」。「なので」「空いていて」「座れた。」と一気に続けることをふつうのひとならたぶんおそれてしまって、ここまで書くことはできずに読点をうってしまったりもっと長く書くと思う。それは、わたしたちがその速度に耐えられないからだと思う。彼女のゆっくりとした文章がときにだれよりも高速度になるのは、彼女が高速度でいながら低速の呼吸を身につけているからだと思う。それは、もうほとんど反則的だとも言える関西弁の絶妙な会話だったり、ものをていねいに順に見るやりかただったりするのだけれど、わたしは柴崎友香ではないので、それ以上は知らない。好きだ。


 11月20日(土)

 東京芸術劇場までいってクリストフ・マルターラー「巨大なるブッツバッハ村」を見てきた。毒にも薬にもならない演劇作品だと思ったけれど、それは、たぶんこの作品がとてもよくできた海外の中堅作家の現代文学みたいな作品だと感じてしまったからだと思う。演劇は現代文学ではないと思った。でも、もしかしたらわたしが海外の演劇とのとりかたをよくつかめないというだけのことかもしれない。字幕を読むのはほんとうにめんどうくさいし、どうせたいしたことは書かれていない。わたしは演劇はけっきょくのところ「ひとがどうしゃべるか」ということでしかないと思っている(身体もふくめて)。映画もそうだけれど、わたしは映画はもうちょっとべつの要素に耐えられると思う。でも演劇はあまりに貧弱であまりにつまらない。だから、「ひとがどうしゃべるか」以外のことに熱心になっている作品は「つまらない演劇」か「演劇以外のたとえばダンス作品だったり現代美術だったり」だと思う。わたしには海外の演劇において「なにをどうしゃべっているか」をつかむことができないので、すべてが演劇っぽいしゃべりかたに聞こえて、よくわからなくなってしまった。それに、ほんとうにいえばこの演劇はうたってばかりですこしもしゃべらない。
 シネマライズで(ライズX閉鎖って…)でロウ・イエ「スプリング・フィーバー」を見てきた。これはすばらしかった。「中国で映画撮影が禁止されたのでデジタルカメラでゲリラ撮影!」っていうのを知っていたからか、デジタルということを意識しすぎてしまって、映像が気持ちわるくてしかたなかったのだけれど、後半は慣れてきたしよかったと思う。「ヘブンズストーリー」を見たときも思ったことだけれど、どうしてみんなそんなにデジタルデジタル言うんだろう。デジタルの映像は気持ちわるくて見たくないって思う。でもわたしはたぶん「デジタル」って事前に言われなくちゃわからなくて、それはわたしにとってかなしいことで、それでもデジタルなんてほんとうにほんとうにきたないから、とか、そういうことを、いろいろ思ってかなしいよ。ゲイの映画だった。ゲイの映画はほとんど見たことがないけれど、あまりにも胸きゅんでびっくりした。ゲイのひとがいちゃいちゃしていても胸きゅんしないけれど、ゲイのひとの彼女が胸きゅんしてたからわたしも胸きゅんした。すごくよかった。
 11月はわたしにとって舞台の月で、12月は映画の月になりそう。アモス・ギタイも見たいし、シネマヴェーラのキム・ギドクも見たいし、恵比寿ではポーランド映画祭がやっていてこんなのぜんぶおもしろいに決まっているじゃないかと思ってぜんぶ見にいきたいと思うけれど、あいかわらず社会人を敵にまわしたスケジュールなので、全面的にむりだった。休日がんばればぜんぶ網羅できるスケジュールをくんでほしいな。日比谷シャンテシネではゴダール「ソシアリスム」が12月18日に公開だけれど、いついけばいいんだろう。クリスマスかな。それに関連して「ゴダール映画祭」というものがやっていて、「気狂いピエロ」は、わたしの人生で最良の映画だといっておけばいいと思っていた時期があるほどに最良の映画なので、見たことのないひとはぜったいに見にいこう。見たい映画がいろいろあるとかなしい。いそがしいなと思う。映画を見なくちゃいけないし、好きなひとに会いにいかなくちゃいけない、くやしがったり、お金のことを考えたり、好きだと思って好きではないもののことを不安に思ったりしなくちゃいけない。いそがしいなと思う。




コメント
「気狂いピエロ」ですかあ。テーマとかそういうのはよく分からなかったけど、ラストの男性のダイナマイト頭にグルグル巻きドッカン自殺はサイコーでしたね!でも、「気狂いピエロ」をやってくれた近所の映画館はつぶれそうです。シクシク。
それにしても、「気狂い」って「キグルイ」って読んでいーんですか?ぷにぷに。
【2010/11/25 16:44】 | 上田洋一 #- | [edit]
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