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相模友士郎「DRAMATHOLOGY/ドラマソロジー」、勅使川原三郎「SKINNERS―揮発するものへ捧げる」@東京芸術劇場

2010.11.29(02:29)

万延元年のフットボ-ル (講談社文芸文庫)万延元年のフットボ-ル (講談社文芸文庫)
(1988/04/04)
大江 健三郎

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 11月26日(金)

 早めに帰ってドトールにいった。CKさんとSSさんがいた。すこしだけCKさんと話していたら「今日はまともに受け答えしてくれるね」って言われた。いつもどれだけてきとうに話してると思われてるんだろうと思ってどきどきしちゃった。


 11月27日(土)

 東京芸術劇場で相模友士郎「DRAMATHOLOGY/ドラマソロジー」を見た。内容もよかったと思うけれど、最初に「もしもし。聞こえていますか。これから、死のうと思います。でも、いつでもどこでもだれでも愛しています」と言って海に消えていった女の子(増田美佳?)があまりにもかわいくてずっとかわいいなあと思っていた。髪の毛で顔が見えないところだけじゃなくて、ロボットみたいなぴんぴんしたダンスもさいこうで、すごく好きだと思った。途中、聞き覚えがある台詞が連発されているなあ、なんだっけなあ、と思っていたら見たばっかりの「ベルリン・天使の詩」だった。それだけじゃなくて、音楽の使いかたなんかはアンゲロプロスに影響を受けているだろうとわたしなんかには思えて、しねふぃる~と思った。この演劇がすばらしいのは、出演者がこれからあとばたばたと死んでいくだろうということだと思う。いちばん高齢のひとは95歳らしくて、わたしの隣に座っていたのだけれど、ほんとうにぜんぜん歩けなくて、もしも演劇中にぱたりと倒れて死んだらすごいことだなあと思ってずっと見ていた。ちょうど、読んでいた大江健三郎「万延元年のフットボール」に谷川俊太郎の「鳥羽」(有名な、「本当のことを云おうか/詩人のふりをしているが/私は詩人ではない」という詩)を引用して、「作家はほんとうのことを言おうとしそのふりまではするが、それ以降は決してない」と書いてあって、演劇もそうかもしれないなと思う。演劇ではしょせんひとは死なない。
 同じく東京芸術劇場で勅使川原三郎「SKINNERS―揮発するものへ捧げる」を見た。前々回の「鏡と音楽」が傑作すぎてそれ以降の勅使川原三郎の作品は「こんなレベルじゃないぜ!」と思っちゃうのだけれど、それでも勅使川原三郎なのでやっぱりそれはわたしの知っているどの作品よりも美しいと思った。リゲティの音楽にあわせすぎて構成がたんじゅんになっているんじゃないのかな、と思ったけれど、それでもカーテンがゆらゆら揺れながらその隙間をひとがうねうね踊っていればそれはくらげよりもほんのすこし美しくないくらいには美しいのかもしれないし、数人のひとが緞帳が降りるさなかぐるんぐるん踊っているのはもうそこにきちんと空間ができていて好きだった。うれしかった。今回も、どうしてこのひとたちはこんなにいつも痙攣しているんだろうと思った。
 ポストパフォーマンストークがあって、生物学者の福岡伸一と対談していた。勅使川原三郎は5つくらいのことを同時にしゃべろうとしていてなにをしゃべっているのかぜんぜんわからなくてすごいなと思ったし、出演者の名前すら忘れていてすごいなと思った。いくつか重要なことをしゃべっていたと思うけれど、教えてあげない。いじわるいじわる。




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