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BATIK「ペンダント・イヴ」@森下スタジオ

2010.12.16(22:02)

ひそやかな村 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)ひそやかな村 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
(1996/08)
ダグラス ダン

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 12月10日(金)

 記憶がない。ぼうけんのしょはきえてしまいました。


 12月11日(土)

 排水口のことばかり考えていたら排水口に恋しちゃうので、「いけない!」と思ってえいぶるさんに電話をしたら、「すっぽんでちょっと戦ってください」と言われたので、すっぽん(らばーかっぷ)を生まれてはじめて買いにいって、午後のあたたかい光を浴びてほこりがきらきらと輝くちいさな部屋のなかで、わたしはぎゅっぽんぎゅっぽん戦った。なおった…。
 イメージフォーラムでジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ「マクナイーマ」を見た。び、びっくりした。(どういう設定なのかよくわからないけれども)いきなり成人の姿で生まれて、水を浴びて白人のいい男に変身して、街でやんちゃをしたり、映像だけではなく構成とか展開からしてまじめに撮る気のかけらもないようにしか見えないすっごくおもしろい映画だった。人食い人魚がきれいすぎて泣いちゃった。
 新人賞をとるための勉強会的なものへ、いって、わたしは、飛んでくる質問にたいしてどうやったらまじめに答えないですむんだろうと考えてばかりいた。「なんであなたはこの小説を書いたんですか?」と訊かれたから「暇つぶしですかねえ」と答えたら、「私たちはあなたの暇つぶしにつきあっているんですか?」と言われて「そうなりますねえ」と言った。わたしは暇つぶしでいいと思う。それでも、わたしはテレビを見るより本を読んでいるじゃないか。
 お酒をいっぱい飲んだ。2次会にいったら知らないうちに朝までコースだったので、4時30分くらいに帰った。にゃーと思った。


 12月12日(日)

 アンドリュー・ワイエスの絵を見る予定だったけれど、朝までお酒を飲んで見ることができるわけがなくて、ざんねんだったけれどもしかたなかった。
 CKさんとがたこんがたこん電車に乗って、森下スタジオまでBATIK「ペンダント・イヴ」を見にいった。BATIKはさいこうなんじゃないかと思う。わたしが見てきたBATIKよりグロテスクではないけれど、それでも、女の子たちは絶叫しては笑って、踊って、そして音楽はたんじゅんでいながらにして美しいし、花びらが舞って、タルコフスキー「ノスタルジア」みたいな緑色の世界があって、紙が、緑色でひらひら舞っていて、こんなきれいなものが見られるならもうほかにきれいなものなんてなんにもいらないよと思った。BATIKはこわい。いきなり絶叫するからびっくりして、鳥肌がたってしまう。鳥肌がたったことのある踊りなんて、BATIKと勅使川原三郎だけだと思う。
 新宿までいって、CKさんといっしょにお酒を飲んだ。会社の話とか、あとはあんまり覚えてはいないけれどいろいろな話をした。この日の目標は自分のことをなるたけ話すというもので、わたしは、わりあい目標を達成できたように思うからよかったよかったと思った。
「つかれた」って言ってしまった。ぜんぜんつかれていないけれど、ちょっとへんな沈黙があるとすぐに言っちゃう。「すいません」って彼女が言うから「わるいことしたなあ」と思う。わたしはなんにもなんでもないのに。


 12月13日(月)

 会社にいった。


 12月14日(火)

 3時くらいにふらふらっとCKさんがいて、「きょう飲みいこー」と言うから、なけなしの勇気をふりしぼってSYさんに「きょ、きょう帰っていいすか」と7時まえには言えて、帰って、それから飲みにいった。
 彼女は「いらいらしている」と言っていて、わたしはどうしたらいいのかよくわからなくて、「うんうん」と言いながら日本酒をちびりちびり飲んだ。だいたいいつもほかのひととふたりでいると思うことだけれど、やっぱり、どうしてこのひとは俺といっしょにいてくれるんだろうと思った。帰りがけに、「今日は愚痴を言いにきたんじゃないの?」と訊いたら「言ったよ」と言った。「気づかなかった?」と言われた。「うん」って言った。わたしはいつもなんにも気づかない。でも彼女は「言ってないよ」とも言った。「表面だけかすった」と言った。「ふーん」と思った。「他人を信用してないの?」と言われて「うーん」と答えた。よくわからなかった。でも俺は自分以外の友達はみんな好きだよと思った。改札のまえですこしだけ話して、「ばいばい」と言った。
 帰ったらめーるが届いていて、そこには煙草をまた吸いはじめたと書かれていて、「そうかそうか」と思って、わたしはちょっとたのしくなって煙草を買いにいった。2ヶ月ぶりに吸った煙草はびっくりするくらいにまずかった。

 
 12月15日(水)

 会社にいった。AOくんが「ふぐって味ないじゃん!」と言った。「え、食べたことあるの?」って言ったら「ない!」って言った。びっくりした。


 12月16日(木)

 後藤まりこの一連のついったでのやりとりを見ていて、いったいなんなんだろうと思った。「ついったで個人を攻撃するのをやめたら?」と彼女は言われていた。「なかのひとがそんなだとミドリの音楽を純粋に好きっていうひとがかわいそう」と言われていた。なんだろうと思った。後藤まりこが公人なのか個人なのかという問題にはいつも嫌気がさした。好きなことを言えばいいと思う。それで、きらいになったり好きになったりすればいいと思う。公人はメディアがつくったものにすぎないし、メディアは届けるためにそれをパッケージングしてしまうと思う。だからわたしはメディアなんて信じたくないし、ひとだけを信じたいと思う。純粋に音楽を好きってどういうことだろう。わたしは後藤まりこがかわいいからミドリの音楽はその実際より10倍くらいによく聴こえているに決まっているんだと思うし、ほんとうをいえば「実際」なんてない。中身よりもきぐるみのほうがかわいいならきぐるみを抱きしめればいいと思う。美しい文章を書けるひとをわたしは美しいと思う。そこに「実際」とか「純粋」なんてくだらないものをいれる必要なんてないと思う。
 音楽を聴くということは、いつからひとを小包につめることになったんだろう。わたしは、小包からなにかをとりだすことが音楽だと思う。

 …わたしはどんな言葉も相手にはぜったいに届かないと信じきって書くのが文学で、どんな言葉も相手には届くかも知れないと思って書くのがエンターテインメントだと思っていた。たとえば政治は後者を目指すべきだと思っていたからエンターテインメントだと思った。けれども、政治家たちは自分のやっていることをエンターテインメントだと思っているようには見えない。そして、たぶん政治はエンターテインメントではないんだと思う。パッケージングをして言葉を届けるのがエンターテインメント、小包からとりだして言葉をひろげるのが文学、たとえばそういうくくりはかんたんだ。自分をちいさくするのが文学、相手をちいさくするのがエンターテインメントとか。むにゃむにゃ。書いているひとにたいして、おまえの言葉が俺に届くでも思っているのかよばか!って思う。わたしは、ほとんどのエンターテインメントをばかにしきっていて、だからこそエンターテインメントを読まなくちゃと思って(実際には読まないけれども)むりして読もうとしていたけれども、読もうとすることじたいが、作者への、あるいはそれ以外のなにかへの強要なんじゃないかと思った。どんなくくりも、どんな分類も、エンターテインメントだよ。だから、わたしたちはいつもたのしい。いつも。




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