スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

東京の灰色

2010.12.21(22:46)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
(2004/09/15)
村上 春樹

商品詳細を見る

花々の過失花々の過失
(1993/02/15)
友川かずき

商品詳細を見る

 12月17日(金)

 まったく記憶がない。17日の金曜日はなかったんだと思う。

 
 12月18日(土)

 新宿駅で藤野さんと待ちあわせた。東口をうろうろしていたら藤野さんから電話がかかってきて「か、隠れているんです!」とか言っていた。「改札のまえにいるよ」って言ったら「ぐるぐるしててください!」と言われたのでぐるぐるしていたら会えた。「抹茶のアイスは落ちてなかったですね」と言っていた。そうだね、かなしいねと思った。
 K's Cinemaでヴィンセント・ムーン監督の友川かずきのドキュメンタリー映画「花々の過失」を見た。友川かずきはいま世界でいちばんかっこういいひとだと思うけれど、とにかく、和室でぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんギターを鳴らしながら絶叫していた友川かずきがあんまりにもかっこうよすぎてちょっとどうにかなってしまいそうだった。氷がかちかち鳴るお酒を飲んで、弾かれおわったあとのギターは銃弾を撃ちこまれた兵士みたいで、かっこういいなあ、かっこういいなあと思っていた。この映画がよかったと思うのは、友川かずきの映画でいながら友川かずきの映画ではないところで、なんというか、わたしの知るかぎり、いちばんうつくしい東京がうつっていた。それは影みたいで、灰色で、鮮やかさとは無縁の凍てついた場所だったけれども、こんなにもきれいな場所があるのかなって思って、うれしかった。
 新宿の街で左折をつづけたり、本屋さんで時間をつぶしたり、喫茶店にいってお話したり、ワギャンとタクティクス・オウガの話をしたり、して、から、ぴかでりーでトラン・アン・ユン「ノルウェイの森」を見た。いい映画だとはちょっと思えないけれど、思うところはいっぱいあったからいっぱい書いてみたい。松山ケンイチは原作のワタナベくんのしゃべりかたを踏襲していて、たとえば、緑とはじめて会ったときに「その髪型とてもかわいいと思うよ」と言うところはむりがあるよと思った。ずっとまえ、だれが書いたのかすら忘れてしまったけれど、「村上春樹が登場したときにひとびとはいずれああいうしゃべりかたをするようになるかもしれないという希望のようなものがあった」と書いていたひとがいたと思う。でも、やっぱりわたしたちはそういうしゃべりかたはできなかったんだと思う。「演劇はだれがなにをどうしゃべるかの問題でしかない」とわたしは何度か言っていて、チェルフィッチュの岡田利規、劇団、本谷有希子の本谷有希子、みんな、しゃべりかたを獲得したように見えたひとたちだった。そして、もちろん村上春樹も。原作はわたしは大好きだし、ワタナベくんのしゃべりかたはかっこういいし、緑のしゃべりかたはかわいいと思う。でも、映画ではそのしゃべりかただけですべての言葉を壊していたようにすら思えた。しゃべりかたの敗北は言語の敗北になるんだろうか。吉本隆明は「ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって」生きてきたと言った。たとえばほんとうのことを言うためのしゃべりかたにどれだけのものを賭けることができるんだろうと思う。文章、あるいは書くことのいいところは、自分が思っていなかったこと、感じてすらいなかったことを書けることだと、わたしは何度か言ってきたと思う。わたしの文章はいつもわたしとは遠く、わたしを越えていなければいけないと思う。わたしの文章がわたしと関係していなければいいと思う。いつでも。トラン・アン・ユンの「ノルウェイの森」ではレイコさんの長い独白がすべてカットされていた。たとえば言語の敗北とはそういうことでいい。けれど、かりに敗北するのだとすればだれかが勝利してほしいと思うことだってあった。「ノルウェイの森」ではだれも勝たない。映像すらも。
 藤野さんとごはんを食べにいった。お店にはいるかと思ったら彼女は裏階段をのぼっていって、暗い、暗い、狭い屋上にいった。はしごをのぼればもっと高いところに行けたかもしれないのに「筋肉痛になっちゃういますね!」って言ってうれしそうだった。ごはんを食べる直前に、彼女はいきなり「かたつむりにつく寄生虫の話をしますね!」と言ってかたつむりにつく寄生虫の話をしはじめたので、「まさかの食事時に!」と思って実際言いもしたけれど彼女がうれしそうだったのでなんでもよかった。かたつむりを洗脳して陽あたりのいいところに誘導して鳥に食べさせちゃう寄生虫の話だった。「陽あたりを好きにしちゃうところがたまらないですよね!」って言っていた。名前の知らないワインを飲んで、リゾットと蒸しパンを食べた。彼女は「舌がまずしくてよかったと思います。なんでもおいしい」と言った(そこのお店がまずいというわけではなくって)。高円寺の話を聞いた。アール座図書館と家賃8000円の部屋。ぼうっとしていたら、みんな帰りはじめて、お店のひとはまかないを食べはじめていた。だれも閉店時間を教えてくれなかったし、だれもなにも言わなかった。お客さんはわたしたちしかいなくて、それでもわたしたちはポトフを食べていた。ぽとふ。
 帰り道にTNに電話したら「忘年会でトナカイのかぶりものをして踊りをおどったらすべったからやけになって瓦を割った」と言われた。
 NPOカタリバの今村(亮)さんからメールがきていて、「まりこが携帯番号ついったでつぶやいとる!」と言われた。「おまえ文学とかねむたいこと言ってないで早く電話しろ!」と言われた。
「僕は電話をすることができません。なぜなら、僕はしょせんアマチュアの作家だからです。プロの作家ということは、こういうとき、まりこに電話ができるということです。アマチュアとプロというものの差異はそこにしかありません。そして、ほんとうをいえば、まりこに電話をかけることができたならばそのひとはもうプロになる必要なんてまるでないのです」
 わたしはそう思ったのでそう言ったし、それはいつもかなしいことだった。わたしは電話をする気なんてさらさらなかった。「愛しています。がちゃん」だけなら言えるかもしれなかったけれど、それは暴力と同じことだと思った。だからわたしは電話をかけられなかった。本気で電話をしようと思って、本気で手汗をかいていたかもしれない彼を立派だと思った。わたしはたぶんプロになっても電話をしないだろう。プロになれば対等か。それとも話すことが増えるのか。そんなことはないだろう。対等ということを考えているとき、それはすでに対等ですらない。
 だれかの特別になりたいという特別ではない思いを、信じたいと思う。
 

 12月19日(日)

 昼間、光回線をつないでくれるおじさんがきてわたしを光にしてくれた。ありがとう、知らないおじさん。
 知らないおじさんがじくじく工事をしているあいだにTNから電話がかかってきて、「手がどうも痛いと思ってたら複雑骨折してた…」と言われた。
 買いものやらなにやらをすませて、それから生命保険講座の勉強をしてた。


 12月20日(月)

 鼻水がぐじゅるんぐじゅるんでてとまらなくて、ぜんぜん寝てないけれど、眠たいとか眠たくないとか、そういう騒ぎじゃなかった。にゃー。


 12月21日(火)

 会社にいった。




コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/895-11b62d2f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。