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「日本画」の前衛@東京国立近代美術館

2011.01.15(00:07)

魔力魔力
(2010/11/17)
井上陽水

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 1月10日(月)

 あいかわらずカンディンスキーを見にいくことに失敗をして、とりあえず国立近代美術館で「『日本画』の前衛」展を見てきた。日本画、前衛ときたらそれはもうすべてすばらしいに決まっているけれど、丸木位里「雨乞」、靉光「眼のある風景」、山崎隆「戦地の印象」が好きだった。とくに丸木位里「雨乞」、幽霊がべたべたにふれたようなつめたい画面が印象的で、あんなかっこういい鳥ははじめて見たよ!って思った。常設展はさすがに見きれないのでぽっっぽぽっぽと歩いて見て、藤田も加山又造も東山魁夷もすばらしかったけれど、中村宏「円環列車B」がだんとつにえろくていちばんだった。
 新宿武蔵野館でミヒャエル・ハネケ「白いリボン」を見た。モノクロでたんたんと描かれる映像は、退屈だけれど静かな怒りのようなものがあって、青い緊張感みたいなものがずっとあって、わたしですら眠らないで2時間30分近くも見ることができたから、すごいと思った。でも、「ここで終わっちゃいやだな」と思うまさしくその瞬間に終わってしまう、ものすごくいやな映画だなと思った。わたしは、映画なんていつ終わってもいいと思う。はじまりがあって終わりがあるなんてたまたまだし、たぶん、わたしの実人生も終わってはいないけれど終わりつづけているし、わたしはわたしがいつはじまったのか知らないままだ。そういう意味では、この映画について、というよりもあらゆる映画について解決を求めることじたいとんちんかんなことなはずで、たとえば、映画のなかでなにかが解決されてもわたしの問題はなにひとつ解決されない。映画が美しいのはそこだと思う。どんなに美してもまったくわたしと関係しない、その冷徹さが。わたしは、興味がない映画のつづきなら気にならない。映画が終わった瞬間「なんだよー」と思ったのならわたしがその映画が好きなんだと思う。


 1月11日(火)

 会社にいって、それからどとーるで勉強をした。
 藤野さんが「イヤフォンってすぐ断線しちゃいますよね!」って言っていて、そんなことなかったので、「ばーか! ばーか!」と思ってばかにした3日めに断線した。ぎりぎり聞こえる。


 1月12日(水)

 会社にいって、それからどとーるで勉強をした。
 コードがちぎれかけた。


 1月13日(木)

 会社にいって、それからどとーるで勉強をした。
 コードがちぎれた。


 1月14日(金)

 会社にいって、それからどとーるで勉強をした。
 もう家のスピーカーもときどき右のが聞こえないのだけれど、かなしい。
「きみの、俺の話の聞きながしっぷりがすごい。俺は一生懸命ボールを投げているんだけれど、きみはそれを受けとっては捨てている。投げかえしてくれよ」と友達に言われて苦笑いをした。わたしはだれかに話しかけるための言葉なんて持ってはいない。だれかにまともに話しかけないこと、だれかを強く軽蔑すること、だれかに無関心でいること、そうありながらそのだれかを好きで、そのだれかといっしょにいること、わたしは、そういうやりかたでしだれかといっしょにはいられないと思う。言葉はいらない。行為も。感情も。それでもきれいなものはきれいだし、たのしいものはたのしいし、それでいいじゃないか。




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【2011/01/16 04:42】 | # | [edit]
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