スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

五反田団「俺のお尻から優しい音楽」@三鷹市芸術文化センター

2011.02.15(00:03)

神さまの話 (新潮文庫)神さまの話 (新潮文庫)
(2007/11)
リルケ

商品詳細を見る

 2月13日(日)

 三鷹駅でひさしぶりにぺん子さんと待ちあわせをした。彼女の体調がいかにわるいかということをねほりはほり訊いた。「でもね、栄養失調だと思うの」と言っていた。「この飽食の時代に! この国で!」と思った。いっしょにごはんを食べたらおなかがいっぱいになった。コーヒーを飲んでいたら彼女が韓国人のひとふたりの写真をそっとさしだしてきて「どっちがいいと思う?」と訊いたので凍った。指をさしたら「なんで?」って言われた。「なんとなく」と答えた。この15年くらいのあいだでもっとも僕を困惑させた質問だろうことよ。
 三鷹市芸術文化センターで五反田団「俺のお尻から優しい音楽」を見た。想像を絶するほどのくだらなさを発揮した傑作だった。こんなにも笑ったのは少年社中「機械城奇譚」(いま思えばあれもなんだったんだろう…)くらいで、「ばかだなあ…あー…なんてばかなんだろう…」とずっと思っていた。カジヒデキ役の前田司郎はいつ見ても「きみは○○なのかい?」という王子様的なしゃべりかたをしていて、このひとは日常生活を営めるんだろうかと心配になった。それにしても、ジェット役の宮部純子はいつ見ても宮部純子ですばらしいと思う。五反田団はほんとうにすばらしいと思う。こんなにすばらしく、芸術的にも評価されているのににいつまでたっても人気がでない。いつまでたってもチケットの値段があがらない。ほんとうにすごい。
 猫の話をしてからぺん子さんとわかれて、渋谷をさまよった。はいるだけで100日ぶんの勇気を消費するプリムローズに生命をかけてはいったらお客さんはわたしのほかにひとりだったので「俺のみこんだとおりだぜ…」と思った。リルケ「神さまの話」を読んで、それから手帳を買いにいこうとしてあきらめてユーロスペースでラース・フォン・トリアー「イディオッツ」を見た。こういう映画をひとつ見ることができるだけでほかの100この映画がくずである価値があると思う。精神障害者のふりをするひとびとがいた。作中で、トリアー本人が役者たちにインタビューをしていた。わたしには彼らが演技をしているのかどうかがよくわからなかった。その映画のなかの風景はワイズマンの撮ったドキュメンタリーに酷似していた。映画のなかのひとびとが演技をすることがどういうことかわからなかった。たとえ映画のなかにいたとしても、そのひとが演技をする意味なんてあるんだろうかと思った。「セックス!」と彼らはさけび、異常者のふりをしながら乱交をして泣く。そこにはいったいなにがうつっているんだろうかとわたしは思う。カレンは「わたしはわたしがもとの生活にもどったとき異常者のふりができるか試してみる」と言ってうちに帰る。コーヒーをこぼし、ケーキを口からこぼす。そして夫に殴られる。たとえばそういうことに、どんな意味があるんだろう。わたしはこの映画のなかでひとびとがやっていることになにひとつ価値を見出すことができないけれど、もう、これ以上たいせつなことなんてなにもないと思えるほどの無価値さだった。
 やさしいことを言うこととやさしさはいっさい関係がない。だれかを殺すと言うこととだれかを殺すことのあいだにはいっさい関係がない。同じようにだれかに愛していると告げることとそのひとを愛することにはいっさい関係がない。「エヴァとステファンとすてきな家族」がやさしいのは、その映像じたいがやさしいからだと思う。サリンジャーがやさしいのは、そこに「やさしさが表現されている」のではなく、「文章じたいがやさしい」ということだと思う。表現なんて欺瞞にすぎない。だからわたしはぜったいに表現なんてしたくない。わたしはただやさしくなりたいだけだ。


 2月14日(月)

 会社におけるばーれんたいんという行事がこんなにもおそろしいものだと思わなかった。まわりじゅうで赤い袋を持った女の子たちががさがさしていて、わたしはいたたまれなくなってほんとうに逃げかえろうかと思った。
 SSくんのことをわたしたちはマダムキラーと呼んでいて、それはあきらかにSSくんが食堂の会計をやっているおばちゃんから好かれているからで、日頃から「SSくん、そろそろ会議招集がかかるよ。夜7時から9時、場所食堂とかで!」とかさんざんからかっていた。ばーれんたいんに向けておばちゃんからなんらかのアクションが起こるだろうとわたしたちはもう20回くらい話題にしていた。それは9・11テロの衝撃を軽くうわまわるだろうと思っていた。決戦の月曜日だった。この日、食堂のおばちゃんはちょこれえとを片手に持ち、男女問わず「はい、どうぞ」と言ってひとびとのおぼんに2つずつのせていた。わたしのうしろにならんでいたSSくんのおぼんをふと見ると、ひとり2こずつのはずのちょこれえとが5つのっているのが見えた。「!」と思った。「え、なんで?」とSSくんに訊いたら「みんなにはないしょだよって言われて…」と苦笑いを浮かべて言った。「!!!」と思った。「ホワイトデーはどうするの?」と訊いたら「いや、まじでどうしよう…」と言った。YYくんが「あげてもあげなくてもこまるよね。たぶん、それで大盛りでふつう料金をとられるか、ふつう盛りで大盛り料金をとられるかが決まると思うよ」と言った。ばーれんたいんでーの奇跡…。
 帰って、ずっと日記を書いていた。雪がたくさん降っていたので、2日続けていた禁煙をやめようと思ってそとにでかけた。雪が降っていたから夜がとても明るかった。どこにもいかれない光が地面にちらちら反射していて、それがくずなのか雪なのかわからなかった。光がどこからくるのかわからなかった。道はつるつるすべったし、ひとびとは精神異常者みたいになにかをささやきながらひとりで歩いていた。暗いのに明るかったからふしぎだった。煙草と飲むヨーグルトを買って帰った。それから眠った。眠ろうと思う。




コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/912-1cf99239
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。