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わたしたちにのこされたただひとつの現実

2011.03.30(22:54)

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(2010/08/28)
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 3月25日(金)

 会社にいった。が停電するからと思って、もすばーがーに退避していたような気がする。

 
 3月26日(土)

 会社にいく日ぐらい早起きして、早稲田松竹でキャリー・ジョージ・フクナガ「闇の列車、光の旅」、トーマス・アルフレッドソン「ぼくのエリ 200歳の少女」を見た。「闇の列車、光の旅」はおもしろかった。ワンシーンめの赤からとても印象的で、そのあとエドガー・フロレスの着ている青もとても印象的で、やっぱり、赤と青が映える土壌はいいなあと思った。列車のうえに乗って国境をめざすひとたちのかっこうよさったらないよと思った。地震で日本が壊れるとしたら、わたしたちにもいろんな可能性があって、それはたとえば海外への流出なんだけれど、わたしが英語がいいなあと思う唯一のてんはたんじゅんに通じる国がおおいということ、ヨーロッパがいいなあと思うてんはEUが機能しているということ、どこでもいきたくないけれどどこかへいける可能性だけは好きだな。その可能性が絶望ではなく希望へと向かっていくものならいいな。わたしは、現実よりも可能性を食べて生きているのだな。でも、もしも生まれかわることがあってもメキシコのギャングにはならないようにしよう。まら・さるばとるちゃ!

http://azafran.tea-nifty.com/blog/2010/02/maras-una-amena.html

 ここに、メキシコのギャングだった女性について書いてある。


・M18の一員だったという女性、ミリアン。現在26歳。5年前にギャングから足を洗った
・11歳でクスリを始めた
・サン・サルバドールのカルバリオ(Calvario?)で幼年期を送った
・兄や母から肉体的・精神的な暴力・虐待を受けていたミリアンは、14歳になった時にMarasに入った
・入るための通過儀礼としてbrinco。13秒のあいだボッコボコにされるのを耐える、と。(M18の場合は13秒だったり18秒だったりもするみたい)

・イニシエーションの凄絶な18秒のリンチが済んで、集団に受け入れられるのだと実感した時に、顔中血だらけになりながらもミリアンは笑顔だった。「おまえなんで笑ってんだよ」と言われて「だって幸せだもん。私はいまあんたたちの妹になれたんだもんね」と返事した。それで私のニックネームは「la happy」に決まったの。

・「私にとってmaraは大家族。初めて家族愛といった感情に包まれた気がした。もう私は虐待されることはなかった。みなが私を理解してくれた。互いに嘘偽りのない世界だった」。



 AV女優に似ている。わたしはそう思った。永沢光雄「AV女優」のなかで、永沢光雄と刹奈紫之はこう会話を交わしている。


「パーティではね、二人が今まで出たビデオを上映して、最後は互いに浣腸しあって互いに出したウンコを食べようと思ってるの。ハハハッ、みんなびっくりするだろうな。そこにはわたしの両親も呼ぶつもりなんです」
「そんなパーティに御両親を呼んだら、もしかしたら御両親は自殺しちゃうかもしれないよ……」
「それでもいいの。わたし、親なんかいなくなればいいと思ってるから」



 中学生のときに同人エロ漫画家(女性)に犯された刹奈紫之の語られかたと、イニシエーションとしてのリンチを受けて「だって幸せだもん」と笑うミリアンの語られかたは、わたしにはよく似ているように見える。あるいは、地震で被災した和合亮一が被災地の光景について語るその語りかたにも似ていると思う。


昨日。ガソリンスタンドに車の一列。長い長蛇が3時間ほど続くが、一度も動かず。一番前から伝達。「スタンドは開かない」。開くという事実すらかった。有ったのは、車の一列。



 だから、もしも被災地を救いたいと言うひとがいたら刹奈紫之やミリアンを救ったらいい。その救いかたを被災地に適用すれば被災地だって救えるかもしれない。けれど、そう言ってくれるひとはだれもいない。そんなやりかたはばかげているし、ばかげているとおり、決してうまくいかないだろうからだ。
 この3つの文章の共通にあるのは、異様な事実をただ語っているということだ。けれど、この文章に描かれている現実はほんとうに「異様な事実」がもたらしたものなんだろうか。
 今年になってわたしが読んだ文章のなかで、もっとも衝撃を受けたのは、「原発がどんなものか知ってほしい」という文章だと思う。

http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html


 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。

 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。

 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。



 ねじを1本締めるこの話のなかに潜んでいる圧倒的な現実はどういうことなんだろう。すくなくとも、わたしはほかのほとんどの文学よりもおおくの現実をここに感じた。正当性をほとんど否定されている(らしい)この文書の内容がただしいか、ただしくないか、そんなことは関係ないと思う。わたしが見たかぎりでは、この文書についての言及は「信用する・しない」という2択しかなされていなかった(しかも「もうそれは証明されている」という他人の言いかたを借りて)。そうじゃないよと思った。現実は事実とは異なったありかたで存在している。問題は、この話を読んでわたしのなかに発生した現実だと思う。わたしは事実よりも現実を信じたいと思う。フランツ・カフカの文章は読んだひとのなかに現実を構築するたぐいの文章だと思う。文章をひとつひとつ追っていくうちに、わたしのこころのなかからさみしい病人の顔のようなものがでてきて、それが現実として堆積していく。そして、わたしが信じたいと思うのは、わたしのなかに堆積していく現実だけだ。
 ということはどうでもいいけれど、続いて見た「ぼくのエリ 200歳の少女」は、赤い壁に頬をよせてせつなそうな顔をしている子供を「わーかーわいい女の子!」と思っていたわたしがその子供が男の子だと気づいた瞬間、おそらく、すべてが終わっていただろう。おそらくはその子供が女の子だという現実よりも男の子だったという事実を信じるべきなんだろう。
 渋谷までいって、シネマヴェーラでジョニー・トー「エグザイル/絆」、ベニー・チャン「ディバージェンス -運命の交差点-」を見た。ジョニー・トーはあいかわらずおもしろいけれど、問題は「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」があまりにもおもしろすぎるということだろうか。ベニー・チャンは途中から見るのがめんどうくさくなって寝ていた。
 べろーちぇでコーヒーを飲みながら文章を書いたり、「ブリキの太鼓」の3部を読んだりして、から、アップリンクファクトリーでヴィターリー・カネフスキー「ひとりで生きる」を見た。わりあいひさしぶりに見て、これは、ちょっとほかの作品とまるきりちがうものなんじゃないかと思った。高橋源一郎が「作品に題名をつけるのは、読んでいるひとが『自分は○○という作品を読んでいる』ということを確認させるためのことでしかない」と言っていたと思うけれど(ちがうかもしれない。ゴダールが「映画に脚本があるのは、映画監督が自分やほかのひとに『我々は○○という映画を撮っている』と確認させるためだ」と言っていたのと混同しているのかもしれない、でもなんでもいい)、映画の題名とはわたしたちが題名と呼んでいるもの以前にまず「映画」というものでしかないのかもしれない。題名がついていなければ実際わたしはなにを読んでいるか、なにを見ているかわからないんだと思う。実際、ゴダールが言うようにつくっているひとも同じなんだと思う。わたしたちは題名単位でなにかを処理し、なにかをかぎる。1本の映画が2時間で終わってしまうのは、その2時間の映像にわたしたちが題名をつけてしまったからにすぎないんだと思う。そして、それが作品として成立するのはそれに題名がついているからなんじゃないかと思う。だったら、作品というのはほんとうはその内容ではなく、その題名にすぎない。その言いかたを継承すのなら、カネフスキー「ひとりで生きる」という映画は、映画のなかでその映像を作品と呼ばれるものから解放しようという運動のように見えた。そして、つまり、その運動というのはわたしのこころの土のなかからせりあがってくるさみしい病人の顔なんだと思う。


地面の底に顔があらはれ、 
さみしい病人の顔があらはれ。

地面の底のくらやみに、 
うらうら草の莖が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつてゐる、
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、
冬至のころの、
さびしい病氣の地面から、
ほそい竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。
 
地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顔があらはれ。

           萩原朔太郎/地面の底の病氣の顔



 萩原朔太郎は、このたったひとつの詩でわたしにたちあらわれる現実をうたった。事実ではない。現実とは、わたしのなかにあらわれるもののたちあらわれかたのことだと思う。
 かつて、わたしはカネフスキー「ひとりで生きる」についてカフカのようだと言い、そのあと、サリンジャーのようだと言った。いまは、いちばん近いのは朔太郎に見える。
「その小説はいったいどこにある?」とかつて高橋源一郎は問いかけた。わたしたちが読んでいるものは本であって、小説そのものではない。そこに実体がないのなら、本以外のどこかの場所に、小説としての実体がありえるんだろうか。カフカの文章に小説としての実体があるとすればわたしのなかにしかないんだと思う。けれど、カネフスキーの映画はわたしのこころのなかに実体を持ちながら映画としての実体も同時に持ちえているように見える。そんなふうな映画をわたしはほかに知らない。この映画が特殊なのは、おそらくその実体の持ちかたが映画のなかで生成されるからだと思う。「生成されること」自体が「実体」となっているんだと思う。ほかの映画については、だれもかれも、そこにすでに実体があると思われているように見える。ゴダールが語ったように、ほとんどの監督は「わたしは実体をつくっている」と思って映画を撮っているのかもしれない。けれど、カネフスキー「ひとりで生きる」はその映画を見るという体験によって、わたしのなか、映画、双方になにかが生成される。それが実体としてたちあらわれている。
 わたしはもうわたしがなにを書いているのかわからない。だから、それはこの世界でもっともすばらしいものにちがいないと思う。
 この映画は見つめかたについての映画だ。パーヴェル・ナザーロフが、ディナーラ・ドルカーロワが、わたしを見つめる。わたしは、その見つめかたには耐えられない。そして、見つめかたは映画が照射する光だ。わたしたちはそれに耐えられるほど決して強くはないだろう。だから、その耐えられないことが実体だ。その耐えられないことが、わたしたちにのこされたただひとつの現実だ。


 3月27日(日)

 電車にのって渋谷までいき、イメージフォーラムでエズミール・フィーリョ「名前のない少年、脚のない少女」を見た。監督が繊細に撮った映像で繊細な少年が青春といちゃいちゃしている映画だった。公衆の面前でいちゃいちゃするのはやっぱりよくないなあと思った。
 松屋でごはんを食べているときに、かばんのなかにいれておいたコーヒーがすべてこぼれているのに気づいて、ものすごいいきおいで死にたくなった。眼鏡ケースもばっちりコーヒーにまみれたので、わたしはいま毎日コーヒーくさい眼鏡をかけている。
 べろーちぇでコーヒーを飲みながら、岡田利規「エンジョイ・アワー・フリータイム」を読んだ。今年読んだ本のなかでいまのところだんとつにおもしろいものだけれど、ここにはいったいなにが書かれているんだろう。


女優1 二人でいるとなんかもう、それだけでほんといいと思う、とか言うと、言葉としてはすごい普通だけど、でもほんとそう思う、
女優1 「言葉としてはすごい普通」とか言って、でも、私が今自分では相当すごいと思ってる、そういう言葉で言えるような他の気持ちと較べものに、一緒にしないでよみたいな自分の気持ちの状態は、普通の程度の言葉なんかじゃ表せないって自分では思うけど、でも、今までのその言語を使ってきた歴代の人の気持ちも、実はみんな、どれも今の私のみたいにほんとうはすごいもので、てそれぞれ思ってたかもしれなくて、だったら今のこの私の気持ちも、もしかしたら、二人でいるとそれだけでもういいと思う、ていう普通の言い方で、じゅうぶん言えてる、てことになるのかもしれないけど、

男優5 ないやつもいるからね、信じられないんだけどね、そういうやつらは、でも、態度があからさまに出るから、カウンターでの、店にたまに来るんだよね、どうしても休みたいんだろうね、やっぱり、ちゃんとしたところで、たまには、わかんないけど、漫画読みたいのかもしれないけど、なんか一応壁のちゃんとした、建築物の中で? でもくるわけ、中にはね、ちゃっかりなんか、後払いだからウチって、とりあえず入っちゃって出るときに金がないって言っても、その時点でもうばっちり爆睡とっちゃったし、シャワーも浴びちゃったし、ていうのを、もうやっちゃったもん勝ちだって考えで入ろうとする人がいて、見て明らかに分かるから、そういう人は普通断るんだけど、うん、断るのは俺も断るんだけど、でも、断り方があるだろ、てそいつらの対応は、思うんだよね、人間同士の態度じゃないんだよね、あいつらたぶんバカなんだと思う、最低の想像力で、繋がってないから、

 

 なにで読んだかもう忘れちゃったけれど、デカルトは「俺ひとりであと50年生きれば真理を獲得できる」と思っていたらしい。それは、たしかデカルトには論理というものがあって、それを着実に重ねていけばやがて真理に到達することができるだろうということらしい。けれど、その考えはそれ以降の哲学によって否定された(らしい)し、このまえ読んだ「メルロ・ポンティ入門」のなかで、船木亨は「真理を見つけるってどういうことなの? それは、なにかをそのことだけで表現したい、という、時間短縮のためのものでしかないんじゃないの?」ということを言っていた。
 たとえば、「なにかを伝える」ということについて、社会的には「かんけつに表現する」とか「結論から話す」とか「ストーリーをつくる」とか「具体的な数値をいれて」とかそういう技巧みたいなものが言われている。けれど、岡田利規の文章にはそんなものはひとつもない。ビジネス的コミュニケーションのありかたというのはけっきょくのところ「時間を節約する」ということにつきるように思う。3分で伝えられるひとは5分かけないと伝えられないひとよりも2分が節約でき、その2分のあいだにさらにべつの仕事がおこなえるということが暗黙の了解にあると思う。わたしがそれを気にいらないのは、わたしがたとえばAならAを伝えたいと思うとき、わたしがAを保持しているという前提があったうえでのコミュニケーションだからだと思う。でも、わたしはAなんて持っていないから、いつもいつも困惑してしまう。
 何度か書いてきたことだけれど、書くことについてわたしが思ういいところは、わたしが思っていないことが書けることだと思う。だから、わたしはうそしか書かない。わたしはわたしが思っていないことしか書かない。わたしはうそをつくために書くし、それでいいと思う。なにも伝わらなくてもいい。


 何事であれ、そこにはつねに、それ以上のことがある。どんな出来事でも、他にも出来事がある。
     

 ソンタグはこう言った。言葉はつねに言葉以外のものをはらんでいるし、行動は行動以外のものをつねにはらんでいる。わたしの言葉はうそだし、わたしの行動もうそだ。「わたしはだれかを愛すると言ったあとでないとだれかを愛することができない」とかつてわたしは書いた。でもそれもうそだ。うその言葉でうその行動を裏づける。けれど決してそれはほんとうにはならない。それでいい。そうするやりかた以外にはいまのわたしにはうまく考えつかない。
 岡田利規の文章はふつうひとが伝えるやりかたでは書かれていない。そこにはただしい日本語のかけらもない。ただ、柴崎友香にも似たあたたかみだけがふわふわあって、たまらなくここちいい。あたたかいもののほうが好きだ。
 ということはとくに思わないまま、アップリンクXで七里圭「眠り姫」を見た。にんげんがほとんど映らず、風景と音声だけでサイコホラーテイストで語られるこの映画の美しさはなんだろう。デジタルカメラで撮られた映像は、ほとんどの場合風景をうつしとりすぎてしまう。この映画の風景を見て、最初、わたしは現実の風景はこんなにきたないのかとがっかりした。タルコフスキーやエリセは現実にそこにあった風景を画家たちがかつて描いたようなやりかたでフィルムに焼きつけただけだったんだろうかと思った。タルコフスキーの水、エリセの光、カネフスキーの火、それらは現実にそうであった以上に美しいんだろうと。でも、「眠り姫」は見ているとだんだんその無機質さに慣れてくるように思えた。「だれが撮っても同じなのかもしれない」と思わせるデジタルの無機質さはこの映画においては美しかった。操作しないヴィジュアルノベルゲームと言ってしまえばたしかにそれまでだと思うけれど、とてもいい映画だった。「ムーンライトシンドローム」がやりたくなった。実家に帰ったらプレイステーション2をひっぱりだして、メモリーカードをさそう。


 3月28日(月)

 会社にいった。帰りにたまごを買った。物資が豊かになっていく。前日、ほとんど眠らなかったので会社から帰ったらすぐに寝た。


 3月29日(火)

 会社にいった。頭が痛かったので、帰ったらすぐに寝た。寝てばかりいた。


 3月30日(水)

 会社にいった。SSくんが「俺はいままでなんとかやっていけると思ったけれど、この会社が戦場だということに気づいた」と言った。わたしはわたしのまわりのひとにめぐまれていると思う。みんなやさしい。わたしはSSくんにグレープフルーツをあげた。SSくんはわたしが知るかぎりこの会社でいちばんやさしい。
 帰りにどとーるで高橋源一郎「さよなら、ニッポン」を読んだ。今年でた本でもっともおもしろい本だと思った。




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