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朝弘佳央理「輪郭」、藤木恵子「破壊しに、と彼女は言う」@pit北/区域

2011.05.08(02:05)

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 5月4日(水)

 1日かけてなにもしないことをした。ブックオフまでいって「ダイの大冒険」の最終巻を読みたかったけれど、最終巻だけない。かなしい。ドトールにいって文章を書き、ロイヤルホストへいって文章を書いた。


 5月5日(木)

 1日かけてなにもしないことをした。髪を切った。ドトールにいって文章を書き、ロイヤルホストへいって文章を書いた。ドリンクバーだけで夜の2時まで居座る勇気を身につけた。前日にいたひとと同じひとばかりだった。ロイヤルホストの主だと思った。


 5月6日(金)

 会社へいき、帰って、pit北/区域まででかけて朝弘佳央理「輪郭」、藤木恵子「破壊しに、と彼女は言う」を見た。
 ずっと以前、「(小説の)ジャンルわけなんてくだらない」というようなことを言った記憶がかすかにあるけれど、それを思うのは、たとえば朝弘さんみたいなことをやっているひとがいるからで、こういうのを見ると、なんなんだろうと思う。彼女は準備運動みたいなことをして、踊りみたいなことをして、それから床に白墨で文字を書いて、そのうえにごろんと横になって、うねうねして、白墨の文字がかきけされていって、というようなことがおこなわれていたんだけれど、それは、いったいなんだったんだろう。いとなみ。そうわたしは思った。作品をつくるうえで、たぶんわたしたちにはいとなみというものがあって、ほんとうにいちばんいとおしいのはそれなのかもしれないのに、どうしてそれが作品に変わっただけで、「小説!」とか、「映画!」とか、「ダンス!」とか呼ばれてしまうんだろう。へんな話だと思う。あの白墨の文章なんか観客のだれにも読みとることはできないだろう、なのになぜ彼女はあのときあの文章を書いたんだろう。読むことはあとでもまえでもできた。ちらしにブログに書いてあるんだから。問題はなぜわたしたちがあの文章を読みとろうとするのか、なぜちらしにブログに書かれた文章を彼女はもう1度書くのか、ということだと思う。わたしは彼女ではないからそんなことはわからない。たぶん一生わかることはないだろう。でもすくなくとも書かれた文字をふくめた総体としての書く彼女、行為する彼女はこのうえもなく美しかったし、それならわたしは、なんでもよかった。
 朝弘さんの「輪郭」がつっこみどころゼロの地点でできあがっているとすれば、藤木恵子「破壊しに、と彼女は言う」はつっこみどころでしかできあがっていなかった。表面的な話になるけれど、朝弘さんが作品から離脱していくところへ回帰していくように見えるなら、藤木恵子は作品としてとどめようとしているように見えた。最初見たとき「もうぜったい出オチだよこのひと」と思った。でも4連発出オチが続くとは思わなかった。つまり、こいのぼりを抱えて踊りまくったり、FUCK YOUしか言わない曲(たぶん忌野清志郎)で踊ったりしていたということだ。すごかった。たぶん主食はあかんぼうだろうと思った。
 朝弘さんにあいさつをしようとも思ったけれど、わたしは美人に話しかけると膝の皿が割れて歩けなくなる病気にかかっているので、むりだった。




コメント
桜井さん、感想をありがとうございました。
いつも読んでいるブログに自分の名前が載るというのは不思議で、一瞬視界がずれたような気持ちがしました。
とても嬉しかったです。

たくさんの計算はあったけれど、それでも「ただの自分の世界じゃん」みたいな感触に終わる作品になるぎりぎりであったのじゃないかという危惧もあったので、終わった今、ほっとしながらも感想に出逢うたびどきどきしたりしています。

ありがとうございました。


そうそう、パフォーマーで首吊りを見せるかたの話をききました。
下に仲間がついていて、ぎりぎりになったら降ろしてもらうそうなのです。
その話を聞きながら、桜井さんのブログを思い出していたのです。
支配人に、「明日もこれをやるのです」ってそのひとなら言うのだろうな、と。
【2011/05/09 12:14】 | あまやどり #d/CpiV46 | [edit]
あまやどりさん

こちらこそ
いつも読んでいただいているとのことで
ほんとうに ありがとう ございます。

ソロダンスというののは 僕はじつは苦手で
それは「そういうものを見せられてどうしたらいいんだ」と思うことが
わりあい おおかったからです。
反応にこまる ということにも
よい反応のこまりかたもあって わるい反応のこまりかたもあると思います。

「輪郭」の とくに最初のほう
書くのをわすれていましたけれど
見ているあいだ 静寂に耐えかねて
息をするのがとてもつらかったのを覚えています。
ですから いい静寂だ いい光だ と思いました。


> そうそう、パフォーマーで首吊りを見せるかたの話をききました。
> 下に仲間がついていて、ぎりぎりになったら降ろしてもらうそうなのです。
> その話を聞きながら、桜井さんのブログを思い出していたのです。
> 支配人に、「明日もこれをやるのです」ってそのひとなら言うのだろうな、と。

わお。
そうですね。
明日もやらなければいけないんだと思います。
どんなことになっても 明日も ぜったい。
【2011/05/14 23:00】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
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