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暇なことに耐えられるひと

2011.07.07(00:16)

ヴィターリー・カネフスキー DVD-BOXヴィターリー・カネフスキー DVD-BOX
(2010/08/28)
パーヴェル・ナザーロフ、ディナーラ・ドルカーロワ 他

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 7月5日(火)

 有給をとって寝ていたら、9時に会社から電話がかかってきて「どうしたの? 寝坊?」と訊かれた。あたふたしながら「や、今日おやすみなんですけれど」と言ったら笑って「なんかごめん」と言われた。いいですよ。
 るんるん気分で新宿へいき、バルト9で青山真治「東京公園」を見た。一見するとなんでもないように見えそうな映画だけれど、わたしにはずいぶんぱっぱっと場面を切っているように思えた。この映画の奇妙なところはそれにもかかわらずテンポ自体がまったく加速しないでほとんど平気で同じ速度を保っているということだと思う。東京の公園は美しいし、その光はおだやかだった。海の色にも衝撃を受けることができた。それはへんな色で、気持ちのわるい、ゆたかな海だった。それと、たとえば「EUREKA」と「月の砂漠」を見くらべればわかるかもしれないけれど青山真治はたぶんわざと役者たちに「現実のなかでそうとしゃべるようなしゃべりかた」をさせないで、映画っぽい台詞を言わせていると思う。「劇映画」という言葉を使ったことなんてない。でも、青山真治の映画につきまとう泥くささとあわせて、わたしは、「フィクション」と呼ぶよりはそう呼びたい。バーで初登場したときの榮倉奈々の芝居がかったしゃべりかた、それは(たとえば野津あおいと対比して)現実におけるしゃべりかたではないし、現代の映画のなかで耐えられるしゃべりかたでもないと思う。だから、わたしはそれは「ドラマ」だと思う。そしてもっと奇妙なのは、たとえば榮倉奈々や小西真奈美とともに染谷将太がいるということだと思う。雰囲気は明るくさわやかなのに、ところどころぎくしゃくした感覚はわたしをおちつきなくさせたし、だからこそ、榮倉奈々は美しくなれたんだと思う。「教えなーい」。「死ね」。あの場面がわたしはいちばん好き。
 新宿をふらふらと歩いていたらうっかりたのしくなってしまった。「東京公園」のなかで展開されていたゆたかな時間たちをひどくこいしく思った。三浦春馬はほんとうに暇そうだった。もうほんとうにほんとうに暇そうで、うらやましかった。「なんで小説を書いているの?」と訊かれたときわたしはいつも「暇だから」と答えてきたし、「いつも土日予定があるように思えるけど」とか友達に言われたら「ちがうよ。なんにも予定がないから映画を見にいっているだけだよ」と言いつづけてきたけれど、ほんとうはもっと暇なことに耐えられるひとでありたかったなと思った。公園をいちにちじゅうぶらんぶらんしたり、5時間いるなかで2時間しか本を読まなかったり、知らない猫を追いかけていちにちをつぶしたり、降りやまない雨を見ていたり、たとえばそういうことにもっと耐えられたらよかったのにと思う。会社にいくということはお金をもらう奴隷になるということでしかないかもしれないのに、どうしてわたしはそんなことにある程度ずつ耐えていけてしまうんだろう。ときどき、すごくいやんなる。
 空が鳴っていた。その音で池袋のひとびとはいっせいにびくんとなって、やがて雨が降りだすと、店々から店員たちがでてきて「飲んでいるあいだにやみますよー」と声をかけてまわっていた。道路におおきな黒いしみがぽつぽつできあがっていて、なまぐさい空気のなかを、わたしはコンビニの袋をかさかさと揺らしながら映画館に向かった。新文芸坐でヴィターリー・カネフスキー「ひとりで生きる」、「ぼくら、20世紀の子供たち」を見た。「ぼくら、20世紀の子供たち」の美しさはなんなんだろうと考えてばかりいた。子供たちのかたちを、顔を、あんなにくっきりと美しく撮ることがどうしてできるんだろう。わたしはたぶんあの子たちに見つめられることにうまく耐えられないだろうと思う。きっとあの子たちはわたしを見つめてさえいないから、そこには耐えるだけのものなんてない。それはかなしいことだけれど、それがかなしいほどにわたしはゆたかなにんげんではないから、そのこともかなしい。映画を見ていると、ときどきわたしはわたしのまずしさを思う。世界というのはこんなにもゆたかで美しいのに、ゆたかで美しくありえるのに、そのいっぽうでどうしてわたしはこんななんだろうと思う。
 監督は最後に子供たちにこう訊ねた。
「きみたちは、もっとも崇高な思想なためにじつの父親を殺せる?」
 わたしはならなんて答えるだろう。もっともくだらない思想のために会社すらやめない、わたしは。


 7月6日(水)

 会社にいった。
 バルビュスの「地獄」を読んでいるけれど、のぞいてばっかり! 変態だなあ!




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