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Quip presents「&05」~SHELTER 20th Anniversary~@下北沢SHELTER

2011.07.25(02:02)

トゥルー・グリット スペシャル・エディション [DVD]トゥルー・グリット スペシャル・エディション [DVD]
(2011/09/09)
ジェフ・ブリッジス、マット・デイモン 他

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 7月18日(月)

 早稲田松竹までせっせとでかけて、コーエン兄弟「トゥルー・グリッド」、「シリアス・マン」を見た。「トゥルー・グリッド」は、わたしにはとてもよくできたアメリカ映画に見えた。とてもよくできたアメリカ映画だからもちろんおもしろいけれど、わたしには、たとえばイーストウッド「チェンジリング」と同じ映画に見えてしまう。あるいは「ロード・オブ・ザ・リング」と同じ映画に見えてしまう。わたしにはよくわからないけれど、アメリカ人は、というか、すくなくともコーエン兄弟とピーター・ジャクソンは「ガンマン」と「ホビット」をまったく同じものとしてとらえているんじゃないのかな。ときどき、わたしはアメリカ映画は呪われているんじゃないかと思うことがあって、たまらない気持ちになってしまう。この映画のなかのジェフ・ブリッジスにも、ヘイリー・スタインフェルドにも、マット・デイモンにも、アメリカという名前の亡霊がとりついているように見えてしまう。だから、「トゥルー・グリッド」のような映画にはどうあっても、名前も、顔かたちも、性格もちがう、たったひとりのアメリカ人がたくさんいるだけなんだと思う。そしてアメリカ映画のおもしろさと偉大さはきっとそこに起因しているんだろう。「シリアス・マン」は「トゥルー・グリッド」とちがってアメリカ映画っぽいアメリカ映画ではなかった。「トゥルー・グリッド」とちがう奇妙なおもしろさがあって、それは、「つまらない『ドニー・ダーコ』」であって、「おもしろい『運命のボタン』」なんだろう。たとえばマシュー・ボーン「キック・アス」にはアメリカ人はいない。だから、わたしはそっちのほうが好きだな。
 藤野さんと待ちあわせるために、下北沢にいった。わたしは「Zac」という喫茶店にいて「イリヤの空、UFOの夏」を読んでいたけれど、「『Zap』にいるよ」とうっかりうそをついた。でも待ちあえた。藤野さんは「ぜんぜん寝てないんですよ」と言ってテンションが高く、わたしが飲んでいたコーヒーにたいして「ミルクいれていいですか!?」と言ったり「なに飲んでるんですか!?」と言ったりしていた。「コーヒーだと思う」とわたしが言うと「お味噌汁だと思いました!」と言われた。まさかと思った。「アルバイト先で毎日お水をあげていたお花が造花だったんですよ!」と言った。「『あいつが通ったあとには備品濡れているんだけど』って言われちゃってますよ! ぜったい!」と言った。かわいそうにと思った。
 下北沢SHELTERでtobaccojuiceとTHE NOVEMBERSのライブを見た。地下へおりていく階段で、彼女は「ガス室だったらどうしよう!」と言っておろおろしていた。tobaccojuice はわたしはアルバムなんて何枚も持っていないのに、びっくりするくらい知っている曲ばかりだったからびっくりした。「ヘッドフォン・ゴースト」がわたしはいちばんよかった。ちょっとまのびした、やさしい声のなかで、ギターがぎゃりぎゃりいっていてきれいだなあと思った。tobaccojuiceの音楽をわたしはとっても好きだけれど、わたしはtobaccojuiceの音楽がぜんぜんわからない。かっこういいような気持ちもするしかっこうよくない気持ちもする、たのしいような気持ちもするしたのしくないような気持ちもする、たとえばそういうまんなかのところでいちばん、いちばん、なにかをやっているんだろう。ギターがぎゃりぎゃりいっていてきれいだなあと思った。
 ライブが終わって、「ごはんを食べてから帰ろう」ということになったけれど、どちらもたぶんあんまりおなかがすいてはいなくて、それでも「ごはんを食べてから帰ろう」ということにしたからごはんを食べられるところを探して下北沢をぶらぶら歩いた。駅からすこしはなれるとあっというまに住宅地になって、暗かった。もう覚えていない、決して思いだせない会話をしながら歩いて、彼女は「ピンポンダッシュしますか!? ピンポンダッシュしますか!?」と言っていた。「でもわたしはいま全身筋肉痛で動けないですからね! ピンポンダッシュしようとしてもただの訪問になっちゃいますからね!」とうれしそうに言っていた。わたしはこの日、「手をにぎっていいですか?」と訊こうとずっとまえから思っていたけれどけっきょくなにも言わなかった。きっとずっと、時間をかけて、たとえばそういう夜のようにはなれていくんだろうと思った。ごはんを食べないで帰った。


 7月19日(火)

 会社にいった。


 7月20日(水)

 会社にいった。


 7月21日(木)

 会社にいった。会社の飲み会だった。


 7月22日(金)

 会社にいった。会社のボーリング大会だった。
「みんなでごはんを食べにいこう」ということになって、わたしだけ帰った。実家に帰った。




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