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新潟旅行

2011.09.27(13:09)

「超」怖い話Ζ(ゼータ) (竹書房文庫)「超」怖い話Ζ(ゼータ) (竹書房文庫)
(2005/07)
平山 夢明

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 9月23日(金)

 SSくんとHAくんとYYくんと新潟旅行にいった。8時45分に集合だったけれど、HAくんが「おなか痛い…」と言ってあんまりこなくて、それでSSくんの家でまったりしていた。それからHAくんがきて、とりあえずコンビニを目指した。SSくんがエヴァのフィギュアを買って「綾波だ! はずれだ!」と言った。「お菓子なにを持っていく?」とか言って1時間くらい盛りあがっていた。10時30分頃になって「そろそろ出発したほうがよくね?」と言った。みんなはっとしていた。それからとりあえずインターチェンジを目指して途中のコンビニによった。「Lチキ!」とみんなさけんでいた。Lチキが100円だった。SSくんがエヴァのフィギュアを買って「アスカだ!」とさけんでいた。「まだ埼玉っていうね」とだれかが言った。みんなはっとしていた。
 高速道路をぶいぶい運転していた。道路がたくさんあった。山がたくさんあったからうれしかった。車のなかではずっとアニソンがかかっていた。サービスエリアでかつ丼を食べた。YYくんに「今日のばんごはんもかつ丼だよ」と言われてわたしはしまったと思った。ようやく新潟についた。YYくんは大学が新潟で7年新潟で暮らしていて、新潟が大好きで、解説がはじまった。田んぼがおおくて、田んぼのまんなかに米をどうにかするみたいに見えるおおきな建物がぼてんぼてんとたっていた。高い建物がなくて、田んぼがひろがっていて、空がおおきかった。田んぼ地帯と市街地が分離しているらしかった。フランスだとわたしは思った。新潟はフランスだったのか。
「ローソンだと! びっくりドンキーだと!」とSSくんが新潟の街並みに感動していた。朱鷺メッセにいった。高い場所にいって、お土産を買った。新潟の街並みが一望できた。日本海に沈む夕陽が見たかったけれどくもっていて見えなかった。海が見えた。日本海だと思った。それは日本海だった。
 おりて、YYくんがよく通っていたとんかつ屋さんにった。かつだった。ごはんのなかにかつがごろごろと転がっていた。お肉がやわらかくておいしかった。その日わたしはかつしか食べなかった。そういうこともあるだろうと思った。なぜかYYくんがむかし暮らしていたアパートにいった。「これが俺のアパート!」とYYくんが言った。ふうんとわたしは言った。
「夜の日本海にいこうぜ」と言って、北朝鮮に日本人が拉致された場所の近くの海岸にいった。あきらかに幽霊がこびりついているようなトンネルをぬけたからわたしは「これはぜったいこわい話系の展開だよね!」と言った。空気がつめたくて、星があった。海は黒くて、波が起きるとその部分だけかすかに白く光って美しかった。満喫すると「俺が運転するよ!」と言ってアクセルを踏んで2秒後に砂にはまった。「やばい」とだれもが思った。どうしても動かなかったので、しかたなくみんなで砂を掘りはじめた。これが北朝鮮の戦略なのかとみんながおののいていた。何度も車を動かそうとしたけれどほんとうにちっとも動かなくてYYくんが「なんか掘る道具を買ってくるよ」と言っていってしまった。そとは暗くてなにも見えなくて、ぽつぽつと思いだしたように降りそそぐ雨、まったく動かない車、ひとりずつ消えていく友達、波の音だけが絶え間なく聞こえて、「これはホラー的な展開だ!」とわたしは思ってわくわくした。けっきょくどうにも動かないから電話で業者に助けを呼んだ。時間は22時近くになっていた。くるのに1時間くらいはかかるということだった。掘るのはもうあきらめてしまったから、海で遊んだ。SSくんが幽霊にとりつかれて「ココハドコダ、ナゼオレハニイガタニイルノダ」とぶつぶつ言っていた。HAくんはこわい話をしていた。北朝鮮がやってくる、北朝鮮がやってくると言った。ほかにはだれもいなかった。遠い場所にある高い道路を車がときどきとおって、でも、その車にだれが乗っているのかはわたしはもうなにもわからなかった。みんなが車に乗ったあとわたしは「煙草を吸ってくる」と言ってひとりでそとにでて、ずっと空を見ながら煙草を吸った。目がなれてきたせいかもしれないけれど星の数がぐっと増えて、びっくりするくらいきれいだった。ひんやりした空気も、波の音も、煙草の火と味も、みんな好きでいられたからうれしかった。
 業者がきて、車を何回にもわけてひっぱってもらった。エコカーだったからパワーがなくて、業者の車は砂のうえでもじゃりじゃり動くのに、わたしたちの車はちょっとのぼり坂になっているともうまったく動かなかった。業者の車のまえからワイヤーみたいなものがぷいーんとのびて、車をまえからうしろからひっぱってもらった。かんたんにぬけると思ったのにぬけなくて業者のひとも「……」という顔をしていた。これで脱出できなかったから重機とか呼ばれて5万円くらいはかかると言われていたから気が気じゃなかった。でも脱出できた。ぶいぶい運転しててきとうなビジネスホテルについた。深夜だった。


 9月24日(土)
 
 起きて彌彦神社を目指した。鳥居があって、そのまわりにぶいぶいと木がたくさんあった。いい木だった。ほんとうにはそんなことは思っていないけれど、こんな場所に住みたいなと思った。
 両津港までもどって、カーフェリーで佐渡島を目指した。かもめと同じ高さにたっていた。甲板でかっぱえびせんをつまんで海に向けるとかもめがすっとよってきてえびせんを「ちっ」と言って食べていった。わあと思った。かもめはかわいかったしかっこうよかった。なんで飛べるんだろうと思った。わたしの指も食べられたのでざんねんだった。鳥を飼いたいなあと思った。遠くに島の影が見えるだけであとは見わたすかぎりの海で、「まるで海のようだ!」と思った。陸からはなれていくと海の色がはっきりと青色に変わっていってそれもきれいだった。SSくんはアスカの写真を撮っていた。あとは寝ていた。
 佐渡島について佐渡金山にいった。金山のなかは暗くて湿っていて、むかしのひとたちの人形がたくさんあった。SSくんはアスカの写真を撮ったり、また幽霊にとりつかれて「撮~る~な~」と代弁したりしていた。たいへんだなあと思った。
 佐渡金山から日本海に向かった。日本海に沈む夕陽が見たかったのだけれど、日本海に沈んだ夕陽しか見えなかった。堤防にたって海を眺めた。やっぱりどこまでいっても海ばかりだったから「まるで海のようだ」と思った。
 ホテルにいって日本酒を飲んでごはんを食べてほくほくとした。温泉にいった。わたしひとりしかいなかったから露天風呂でざぶざぶ泳いだ。ひゃほーいと思った。お風呂からもどるとHAくんが「ファイナルファイト」をはじめてやっていて「人生の9割を損しているよ!」と教えてあげた。寝た。


 9月25日(日)

 朝にカーフェリーで直江津までいった。まわるお寿司をお昼に食べて、春日山城跡の入口までいった。なんだかよくわらないけれど上杉謙信的なあれなあれな感じで、武士がたくさんいて「ござるござる」と言っていた。時間がなくてあまりゆっくりしてはいられなくて、すぐに高速に乗ってもどった。ついたのが夜の9時くらいだった。旅行が終わったからさよならだった。ばいばいと思った。


 9月26日(月)

 今日から10月2日までずっとおやすみだから14時くらいまで寝ていて、ごはんを食べてまた眠った。眠ってばかりいたからびっくりした。平山夢明「『超』怖い話Ζ」を読む以外ほとんどなにもしなかった。TNから電話がかかってきたのでなにかを話した。京都、大阪にもいきたいし、長野の上高地もいきたい。いきたい!




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