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ゆたかさのいちばんうれしい場所

2011.11.19(21:53)

つきあってはいけない (ハルキ・ホラー文庫)つきあってはいけない (ハルキ・ホラー文庫)
(2004/07)
平山 夢明

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 11月14日(月)

 会社にいった。いちにちじゅう仕事をして、それから帰った。なにか本を読んだように思うけれど、あんまり覚えていない。


 11月15日(火)

 会社にいった。月曜日と火曜日の区別がうまくつかない。


 11月16日(水)

 会社にいった。終わったら会社に飲み会だった。新しくうちのチームにはいってきたIくんとUくん、そしてCさんとSさんの歓送迎会だった。


 11月17日(木)

 会社にいって仕事をした。


 11月18日(金)

 会社にいって仕事をした。
 帰り道にYYくんが「ケータイを変えたんだ!」と言った。「あいほんじゃないけれどタッチパネルなんだ! すごいでしょ!」。「タッチパネルがいいならあいほんにすればいいのに」。「……」。「……」。


 11月19日(土)

 起きたら15時だった。
 平山夢明「つきあってはいけない」を読んだ。だいたい、つきあった男からこんなひどいことをされましたという実話だけれど、だいたいにおいて、彼女たちは男たちから「愛している。おまえじゃなければだめなんだ」と言われながら殺されかけている。わたしはそんなにもつよくなにかを愛したことはいっかいもない。
 柴崎友香「また会う日まで」を読んだ。もしもかりに、地下室の手記のあの男がリーザに一生懸命語りかけたとき「あなたはまるで本を読んでいるみたい」と言われた瞬間がまずしさの極限だったとしたら、柴崎友香が書いていることはほんとうにゆたかさのいちばんうれしい場所のように思う。彼女の小説を読んでいるとわたしがどんなに美しい景色を、どんなに美しいひとたちを、その美しさに気づくことなく通りすぎていってしまったかを思ってせつなくなる。わたしがこの小説のなかの「わたし」とおなじ道を歩いても、わたしがこの小説のなかの「わたし」とおなじひとびとに出会って会話を交わしても、けっきょく、わたしは「わたし」とおなじようには見ることはできないだろうし、感じられないだろう。それは、あたりまえのことなのかもしれないけれど、だれかとおなじものを見てもそのだれか以上にそれをつよく感じられないということは、きっとつよい劣等感としてこのさきのわたしのなかにとどまりつづけるんだろうと思う。


 修学旅行の夜、相原くんの裸踊りを見に行ったあと、廊下で別のクラスの友だちと立ち話をしてから部屋に戻ろうと一人で歩いていたら、本館と新館とをつなぐ渡り廊下の曲がったところに鳴海くんが立っていた。前にも後ろにも誰もいなくて静かだった。


 たとえばこういうとき、わたしのまえにもうしろにも、きっとだれかがいるんだろう。きっとそのだれかはひどくうるさくて、わたしをいらいらさせるんだろう。そして、わたしはほんとうは知ってはいるんだろう。わたしはそのときわたしではなく、その「だれか」のほうなんだと。そのことをわたしは、ほんとうには知っているんだろう。 




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