スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

反世界に

2011.12.06(23:43)

地下室の手記 (新潮文庫)地下室の手記 (新潮文庫)
(1969/12)
ドストエフスキー

商品詳細を見る

 11月20日(日)

 まったくそとにでないでひきこもっていた。ひきこもっていればやがてなにかが解決するだろうと思っていたのかもしれなかった。けれど、ひきこもったときの問題はなにかが解決されるとか、されないとかではなく、問題の提示すらされないということだった。そういうことはずっとまえに知っていた。知っていながらにしてなお、快楽と天秤にかけられて、犬の魂のようにふらふらと揺れていた。
 園子温「恋の罪」をレイトショーで見たいと思ったけれど、見ることができなかった。揺れていたからだった。


 11月21日(月)

 会社にいった。なにも書くことができない。

 
 ぼくは意地悪どころか、結局、何者にもなれなかった――意地悪にも、お人好しにも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも。
         ――ドストエフスキー「地下室の手記」

 
 11月22日(火)

 会社にいった。

 ぼくはきみが憎らしくてならなかった。それもあのとき、きみに嘘をついたからなんだ。ただ言葉をもてあそび、空想にうつつをぬかしていただけで、本心では、いいかい、きみの破滅を望んでいたからなんだ、そうなんだよ! ぼくに必要なのは安らかな境地なんだ。そうとも、人から邪魔されずにいられるためなら、ぼくはいますぐ全世界を一カペーカで売りとばしたっていいと思っている。世界が破滅するのと、このぼくが茶を飲めなくなるのと、どっちを取るかって? 聞かしてやろうか、世界なんか破滅したって、ぼくがいつも茶を飲めれば、それでいいのさ。
         ――ドストエフスキー「地下室の手記」


 11月23日(水)

 会社にいかなかった。部屋からもでなかった。


 ぼくにとって、愛するとは、暴君のようにふるまい、精神的に優位を確保することの同義語だからだ。ぼくは生涯、それ以外の愛情は思ってみることもできなかった。そのあげく、ついには、愛とは、愛する対象に対して暴君のようにふるまう権利を進んでささげられることである、とさえ、ときとして思うようになったのである。地下室での空想のなかでさえ、ぼくは愛を闘争以外のものとして考えたことはなかった。そして、いつも憎悪から愛をはじめて、精神的な征服に行きつく。
         ――ドストエフスキー「地下室の手記」


 11月24日(木)

 会社にいった。


 ぼくらは、人間であることをさえわずらわしく思っている。ほんものの、自分自身の肉体と血を持った人間であることさえだ。それを恥ずかしく思い、それを恥辱だと考えて、何やらこれまで存在したことのない人間一般とやらになり変ろうとねらっている始末だ。ぼくらは死産児だ、しかも、もうとうの昔から、生きた父親から生れることをやめてしまい、それがいよいよ気にいってきている始末だ。僕らの好みになってきたわけだ。近いうちには、なんとか思想から生れてくることさえ考えつくだろう。
         ――ドストエフスキー「地下室の手記」
 

 11月25日(金)

 会社にいった。ドストエフスキー「地下室の手記」を読みおえた。
 現代文学はいつ、どうやって生まれたんだろうか。近代文学が現代的な読まれることによってゆるやかにその発生が起こったのなら、「現代的な読まれかた」というのはどこでどうやって生まれたんだろうか。「愛している」と100度語りかけることが「愛している」と1度語りかけることよりも愛を表現しているということをかぎらない、ということがありえるのなら、世界は言葉と行為にうらぎられていると思う。言葉と行為は感情に隷属してしまうかもしれない。言葉が感情的な行為であり、行為が言葉的な感情であるとき、はたして、感情は行為的な言葉となりえるんだろうか。
 書けないと書いたにんげんが引用した言葉とは、どういうものでありえるんだろう。書ける書けないという感情は書いた書かなかったという行為に隷属している。そこに生まれるのは反世界だ。ただそこには言葉がない。言葉だけがない。


「なら、死んでやるわ」彼女はもうはっきりと敵意をこめて答え、びくりと身を動かした。
「でも、かわいそうだな」
「だれが?」
「生命がさ」
         ――ドストエフスキー「地下室の手記」





コメント
とりあえず年齢と経歴言えや。
昔の誰ぞのブログには大学院生とか言っていたのを見たが。
これ断ったらマジ何者にもなれんぞ。
ドストエフスキーもカフカも残念だ。

じゃあ頼むな。(お前がいたずらに嫌う上司風に)
【2011/12/09 10:08】 | マサユメ #- | [edit]
桜井さま

マサユメさまのコメントを見て、ですけど、
どうして桜井さまの文章を読んでこんなふうに言えるのか
どうして相手が防御できない暴力をへいきで振えるのか
どうして桜井さまがこんな寒い場所にいなくてはならないのか、
わたしには本当によくわかりません。

こんなの優しさでも愛でもなんでもないと思いますが、それでもわたしは桜井さまにはぜったいに幸せになってもらいたい。

一方的に桜井さまの文章を読んで、安全なところから勝手に言うだけ、ですけど。
ここでわたしの言う桜井さまは、きっと現実の桜井さまでなくて、文章の上だけでの桜井さまにすぎないん、ですけど。



いきなり変なコメントすみませんでした。
【2011/12/10 02:02】 | yoko #- | [edit]
yokoさん

ありがとうございます。

だれもが勝手なことを言うと思います。
勝手なことを 言えばいいと思います。

悪意のように思える言葉を投げかけられたとき
僕は黙るか 悪意を返すか
その2つのことしか思い浮かびません。
その2つのこと以外は
偽善のようにすら思えます。
よくわかりません。

12月なので部屋が寒いです。
空気がつめたく 悪意のようなものが冴えています。
【2011/12/11 02:56】 | 桜井晴也 #oSfzfPCQ | [edit]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kizuki39.blog99.fc2.com/tb.php/988-7da08d67
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。